Kenの漫画読み日記。

餅賢次の新旧漫画情報と懐古(郷愁)他雑感

●漫画・・ 「ミュータント・サブ」

mochi-kenji

 


 このブログの掟、タイトルには絶対、一つの漫画作品名を冠し、いろいろな事柄に関する私、Kenの思いを書き連ねても、必ず、最終的には漫画作品に収斂して、最後の締めは漫画で終える、というこのブログ固有の約束事を解則し、もっと簡単に私、Kenがいろいろな種々雑多な事柄を、今までの一記事よりも短くラクに書き込んで行けるように、私もブログタイトル「漫画読み日記。」に縛られぬよう、ブログ書き込み基本姿勢を容易に、「カテゴリ分け」で記事を書き込む事にしました。掟解則!ブログタイトル「漫画読み日記。」による記事内容呪縛の解除。これで、もっとラクに、ひとつひとつのいろいろな事柄についての僕の思いが、容易に書いて行ける事となった。はあ~、ラクになったど。



 という事としましたが、ブログタイトルそのものは変えません。やはり一応は主体は漫画作品の紹介とその作品に対する僕の思い、感想などの記事とします。が、漫画作品とは関係無い事柄もカテゴリ分けして、日記としていろんな事も書いて行きます、と。こういう事に今回からは変更しましたという、大袈裟にいえば声明文です。今後ともよろしくお願い申し上げます。でも、このブログのワシの固有の特異性、何が何でも、漫画にもって行くんじゃ、漫画にこじつけるんじゃあー、が失われてしまうので、ちょっと本人としては寂しいかな…、感もありますけど。(まあ、これからはラクにいろいろと書けるから‥)。



 という訳で、書き込み基本姿勢変更後の、一発目は、やはり漫画です。このブログ「Kenの漫画読み日記。」主体の、一漫画作品情報、感想。で、カテゴリ分けは、60年代漫画。今回のお題、「ミュータント・サブ」。勿論、作家は、98年惜しくも60歳の若さでこの世を去られて天に輝く漫画の巨星となった、現世では漫画の王様の呼び名を欲しいままに、日本コミック界を半世紀に渡り活躍され、現在の日本漫画文化を作った立役者の一人でもある、天性の天才漫画家、故石ノ森章太郎氏。その、当時は石森章太郎先生の60年代少年漫画にあっては「サイボーグ009」に次ぐ位置の如き、代表作の一つ、僕の好きな石森作品のベスト3に入る佳作、「ミュータントサブ」です。いやあ、ホント、何故か、僕はこの「ミュータント・サブ」が好きなんですよねえ。石森先生というと、どうしてか僕は、「009」の初期と、この「サブ」です。



 角川グループ60周年記念事業という、石ノ森章太郎萬画大全集の全500巻という凄まじい数字が語るように、この世に残された故石森章太郎氏の、その作品点数も原稿量も膨大なものなら、その描き分けたジャンルの広さも驚くべきものです。そういう意味でも、とにかく天才。デビュー時から亡くなられるまで第一線の漫画家のプロ、という厳しい立場を支え続けた才能を、この幅広いジャンルを描き分けぬいた仕事量が示しています。もう、絶対の漫画家プロの鏡、の圧倒的存在感ですね。亡くなられても、今尚、全集500巻の膨大な量が証明する。



 で、その幅広いジャンルの中でも、初期中期の大得意分野であった、SF。もともと小説家になりたかったという石ノ森章太郎氏は、外国のその当時のSF小説もかなり読んでいるようで、SFの勉強もかなりされてSF的素養も万全に身に着けられているかのように、御自身のSF漫画内の各ジャンルもあまねく抑えてある。サイボーグ、アンドロイド=ロボット、時間旅行etc.…。その中でも「ミュータントサブ」は超能力ものです。



 60年代SF漫画の傑作「ミュータント・サブ」は、1965年に小学館の少年サンデー、別冊少年サンデーで短編連作の不定期掲載で始まりました。もっと前に遡れば、少女誌で、1961年に「ミュータント・サブ」のタイトルで連載された作品がありますが、これは僕は全く知りません。この分は解らないけれど、65年の少年サンデー掲載分なら、子供時代に間違いなく読んでます。その時分には、全作ではないけれど。また、その後の65年末から66年の、月刊少年誌「ぼくら」掲載分は、当時、僕は毎月「ぼくら」を購読していたので、その分は全作リアルタイムで読んでいます。どうして今回の記事に「ミュータント・サブ」を選んだのかというと、別の本を押入れの中を探している時に、たまたま双葉漫画文庫の「ミュータント・サブ」下巻が出て来て、この下巻収録分が、「ぼくら」掲載分だったので、また懐かしい気持ちが湧き、パラパラ再読したからです。それで今回取り上げました。僕はこの双葉文庫版の上巻は持ちません。少年サンデー掲載分も、僕は多分20歳頃コミックスで読んでいる筈ですけど、内容の詳細は憶えてはいません。



 手元の双葉文庫下巻収録分の中で印象に残るのは、ずっと憶えている内容ですけど、タイトル「原始少年サブ」の巻。これは、人類がまだ猿人から原人へと移り変わろうとする頃のエピソードです。だいたい「ミュータント・サブ」シリーズというのは、漫画形式が短編連作なので、作品によっては設定が異なります。だいたいがサブの生業は探偵業とか(あるいはニート?若年放浪者?)何がしかの機関のスパイ的探偵だったりしていますが、こういう特異な設定もありました。まだ人類全体が全身に体毛を有する時代に、ある女性に特異な男の子が生まれ、差別されて育ちました。今の人類と同じ姿で生まれた白い子は、ずば抜けた知恵を持ち、やがては他の猿人姿形の原人達を先導し、文化へと導きました。道具を使い武器を持つようになる。最後には、火を起こす事を発見する。その火は、万年単位の未来には、核兵器と変わる。結びはこれでした。漫画の誕生の元々の形同様に、このお話も風刺ですね。人類の文化の風刺。兵器の開発と共に発達する人類の文明への風刺。火を発見した事が皮肉にも、全人類を何十回と滅ぼす量の核を世界中に設置する事に繋がった、愚かな人類への風刺。



 この「原始少年サブ」の巻の、お話には、人類の発展には、地球外の文明知性の力が、働いているのだ、という説が組まれています。これは、石森先生が海外SF文学の熱心な読者であった証拠です。この一つのテーマ、地球人類の文明開化のきっかけを与えたのは高度文明知性を持つ宇宙人である、という説は、世界SFのもう古典ともいうべき、世界名作SF「2001年宇宙の旅」や「地球幼年期の終わり」のテーマそのものです。世界文学史に名を刻む天才、アーサー・Cクラークの名作二点の代表作です。また、「サイボーグ009」の各エピソードの中の「地下帝国ヨミ編」のラストの、宇宙空間から地球引力圏でお互いに抱き合い落下する009と002の有名なシーン、あれももう古典といえるSFの名作短編集「刺青の男」所収の短編傑作「万華鏡」のラスト場面そのものです。「刺青の男」の作者はクラークらSF大御三家と並ぶ当時の文豪、レイブラッドベリです。こういう事柄が、石森章太郎氏が優れたSF文学の読み手であったという証左ですね。



 他にも、この双葉文庫版Ⅱ巻の方には、超能力を使って打撃記録を伸ばす、あるプロ野球選手に試合に超能力を使用しないように注意し、断られたサブが同じく超能力を使って勝負を挑み、野球を止めさせようとする、「スイッチピッチャー・サブ」の巻、少女誌に断続連載を続けた「おかしなおかしなあの娘」のさるとびエッちゃんがゲスト出演する「エッちゃんとサブ」の巻。などなどが収録されています。「ミュータント・サブ」の誕生編は、初出掲載は65年の少年サンデーお正月増刊号らしいんですが、このお話を僕は全く記憶しておりません。後にコミックスで読んでるかも知れないのですけど、内容は、事故にあった母親を持つサブは、同様な境遇のマリから輸血された事で、特殊能力に目覚める。また病弱であったマリもサブから輸血される事で、テレパシー能力が使えるようになった‥。というような話らしいです。僕が近年、読み返したのは、双葉文庫版のⅡ巻だけで、Ⅰ巻は読んでいませんから。



486188104801  それで、僕の昔々のあやふやな記憶をたどると、この事情有りの母親、サブのお母さんですね、確か、広島の被爆体験がある人なんじゃなかったかなあ(?)と、思うんですけど。はっきりとはしませんけど。つまり、サブは被爆二世で、マリも被爆二世だったんじゃあ‥(?)。あやふやな記憶なのですけど。と、いうのは、子供の頃、阿呆なガキだった僕は、SFの超能力は放射能を浴びる事で身に着くかも知れないと、半分信じていたような思いがある。僕が小学校低中学年当時のSF漫画の中の超能力は、安易に、放射線被爆により、突然変異的に何がしかの超能力が身に着く、というシチュエイションの、いい加減ネタの作風のモノが多かったような気がする。そういう安易な設定のSF漫画が多かったような気がする。今の時代にこんな設定でSF漫画描いてたらエライことですけど、僕が子供の頃の漫画なんて社会的価値はぐんと低いメディアで、世間的には、子供だましのいい加減な胡散臭い世界って思われてたし。今は違いますけどね。



 漫画の王様、石森章太郎先生からにして、まさか‥、と思いがちですけど、石森章太郎氏は、海外のSF小説やSF映画に影響を受けている作家だし、その当時のアメリカSFにはけっこう多いんですよね、核爆発の放射線から怪物や特殊能力を持つ超人に変わってしまう話って。現に、この間のハリウッド映画、「ファンタスティック・フォー」(2005年劇場公開)がそうじゃないですか。宇宙船の故障から船外からの宇宙空間の放射宇宙線を浴びて、身体が突然変異を起こし、超能力が身に着き、一人などは相貌姿そのものが怪物化する。ハリウッドのエロカワと呼ばれるジェシカ・アルバは透明人間能力が身に着く。こんななら放射線、浴びてみてぇーなあ、とか思いますよねえ。現に阿呆なガキだった僕も、当時は多分、放射能浴びて超能力者になりたいとか大馬鹿な妄想を思っていた筈です。ホント、どうしようもないアホだったから。


  


 石森先生の代表作の一つ、「サイボーグ009」の1エピソード「移民編」はあらすじが、第三次世界大戦の核戦争後の汚染された後の地球から、変わり果てた姿の未来人達がタイムマシンに乗って現代地球を侵略に来る、というお話ですが、これも、初出雑誌掲載時と、今のコミックスや文庫版、愛蔵版などでは、描写を描き換えてあります。多分、この「ミュータント・サブ」の誕生編エピソードも、話を少々変えている筈。はっきりとはしませんけど、そう思います。いろいろとおもんばかって。多分、被爆という恐ろしい症状、障害の事実に、大きく配慮して。放射線を浴びるという事は、事実はそれは恐ろしい事です。先ず死ぬ。二世は病気になる。いろいろな障害が起こる。超能力なんかが着く訳が、絶対無い。このアイデアというものは、単純に、放射線によるDNAの変化による突然変異種発生、という考えなのでしょうけど。まあ、50年代60年代まではこの安易なアイデアに頼るSF作品が多かったという事でしょうけど。


 


 と、いうような事を長々書いて来ましたけど、後半部は、多分そうだったと思う‥風なはっきりしないあやふやな記憶をたどった思いの記事になりまして、読んでくださった方々には、とても申し訳ない気持ちなのですけど、調べがつかず確実なところが書き込めませんで、済みません。僕も機会があれば、少年サンデー掲載の「ミュータント・サブ」前半部エピソードを読んで、確認したいな、とは思っています。はい。出来れば、修正された今の現在版作品集よりも、昔々のオリジナル分を確認したいな、と思うけど、難しいだろうなあ。66年67年刊のコダマプレス社ダイヤモンドコミックス版でも見る事が出来れば‥、だけど、難しい。という訳で、カテゴリ分け、60年代漫画=「ミュータント・サブ」記事書き込みでした。はい。


 いやあ~、カテゴリ分け書き込み体にして、ラクに短い記事を書いて行くつもりが、変更後初めから、ものすごく長くなってしまった感じ。結局どうしても長々になってしまった。




(※ミュータント・サブのmutantは訳すと、突然変異体の事です。突然変異はmutationとなり、遺伝子レベルの出来事ですね。つまり、ミュータント・サブとは、何らかの作用で、遺伝子・DNAレベルで変異してしまった、突然変異体のサブというヒトです。多分、最初の物語設定では、放射能照射作用が細胞レベルで突然変異を引き起こし、超常能力を生む結果となったとしてあったのでしょう。ちなみに、書物の解説によれば、突然変異はほとんどの場合、生存に有害であるが、まれに有益なものが生じる場合もある、とあります。しかし、放射能被爆では、勿論100%有害です。 ・・・拙ブログで、石ノ森章太郎先生関連記事は、05年4月「番長惑星」と05年9月「サイボーグ009」があります。よろしければ、どうぞ。) 
















◆(2005-09/28)「サイボーグ009」
◆(2008-12/12)漫画・・ 「アンドロイドV」
◆(2005-04/04)「番長惑星」
◆(2006-05/22)漫画・・ 「ミュータント・サブ」