愛川欽也さん逝く、享年80歳 ~ 偲ぶ会


4月15日に肺がんのため死去した俳優の愛川欽也さん(享年80)を偲ぶ会が4日、都内で行われた。いまだ悲しみの癒えない妻でタレントのうつみ宮土理(71)は天国から「キンキンの声が聞こえる。励まし続けてくれている」と涙声であいさつ。昭和9年会のメンバーで人気深夜番組「11PM」の司会をともに務めたタレントの大橋巨泉(81)「君のファンだった」と弔辞を読み上げた。
明るい笑顔でファンを魅了してきた愛川さんにふさわしく、大好きなひまわりを中心に約5300本の花で彩られた祭壇。愛用のディレクターズチェアやハット(帽子)も飾られた。
うつみは「キンキンが天国に召されてから、きょうで50日たちました。私の悲しみは癒やされそうもありませんけど、天からキンキンからの声が聞こえてくるような気がします。笑うんだよ、明るくしなよ、メソメソするのはかみさんらしくないよ。そう言って、キンキンは私のことを励まし続けてくれていると思います。」と涙で声を詰まらせながらあいさつ。
「きょうは、偲ぶ会ということで、湿っぽく悲しくなりそうな会なんですけれど、キンキンは明るくて楽しいことが大好きなので、みなさまキンキンを明るく見送ってやってください。」と最後は笑顔を作った。
なお、この日は堺正章(68)、美川憲一(69)、神田うの(40)、石田純一(61)ら約700人が出席した。
○愛川欽也さん死去 「テレビは大衆に愛されてこそ」業界に神話残す
テレビ番組の司会者や俳優として知られる愛川欽也(あいかわ・きんや、本名井川敏明〈いがわ・としあき〉)さんが15日、肺がんのため亡くなりました。80歳でした。愛川さんの個人事務所が17日午前に発表。「昨年冬より体調の不安を訴え、検査したところ、肺がんと判明」「本人たっての希望により、入院はせず在宅での懸命な治療を続けて参りましたが、容体が急変し自宅にて旅立ちました」と書面で報道各社に伝えました。妻はタレントのうつみ宮土理さん。
個人事務所は「最期まで仕事に復帰する可能性に懸けていた本人の強い希望で病状を伏せておりました」「根っからの仕事人間であった愛川は肺がんを発症した以降も仕事に情熱を燃やしており、息を引き取る直前まで『仕事に行こう』と寝言のように申しておりました」「最期まで仕事に恵まれた幸せな、愛川欽也の人生を支えてくださった全ての皆様に心より感謝致します」としています。愛川さんの遺志に従い、妻のうつみさんら近親者ですでに密葬がとりおこなわれました。
愛川さんは、東京都豊島区巣鴨生まれ。偶然入った映画館のフランス映画を衝撃を受け、埼玉の名門・県立浦和高校を中退。俳優座養成所の研究生として演技を学び、声優や深夜ラジオ「パック・イン・ミュージック」のディスクジョッキーで人気に。「キンキン」の愛称で親しまれました。その後、「トラック野郎」シリーズなどの映画やドラマに数多く出演、「11PM」「なるほど!ザ・ワールド」「出没!アド街ック天国」といったテレビ番組の司会者としても幅広く活躍しました。
「劇団キンキン塾」も主宰。夫妻の愛称にちなんだ劇場「キンケロ・シアター」を私財を投じて東京・目黒の住宅街に建て、次世代の役者たちの指導に情熱を注いでいました。
愛川さんを国民的な人気俳優に押し上げたのが、1975~79年に10作が公開された映画「トラック野郎」でした。菅原文太さんが演じる失恋ばかりの「一番星」と、愛川さん演じる子だくさんの三枚目「やもめのジョナサン」の運転手コンビが、デコトラに乗って涙と笑いの珍道中を繰り広げるストーリー。
じつはこの映画、アイデアを出したのは愛川さんでした。「映画をやりたいなと思っていたときに、派手に飾った面白いトラックが流行しているというテレビの特集番組をみて、これだと思ったんだよね」。
愛川さん自身がかつて吹き替えした米国の人気ドラマ「ルート66」を下敷きにして、簡単な企画書を東映に提出。準備から公開まで2カ月という急ごしらえの企画でしたが、大ヒットしました。「主人公のアウトロー性、警察へのおちょくりが受けた。誰しも交通違反の切符きられて、罰金とられて、悔しい思いをしていたから痛快だったのでしょう」。
このシリーズは、特殊浴場のシーンあり、ベテラン女優のヌードシーンあり、ケンカに脱糞など、とにかく下品でメチャクチャでしたが、世代を超えた一大ブームを巻き起こし、東映のドル箱に。「映画が元気だった時代の最後の作品。ぜいたくなロケもできたし、へんに自主規制せずに自由に作ることができた」。後年、愛川さんはそう振り返っています。
愛川さんは数々のテレビ番組で司会者も務め、多くの長寿番組を育てました。「11PM」(日本テレビ)は12年間、「パックインジャーナル」(朝日ニュースター)は14年間、「なるほど!ザ・ワールド」(フジテレビ)は15年間続き、「キンキンの番組は長い」との業界神話が定着しました。
1981年に始まった「なるほど!ザ・ワールド」は、海外の話題を紹介する「情報クイズ番組」ブームの先駆けでした。最高視聴率は36.4%、平均でも20%超というお化け番組でした。同じく司会を務めた93年のTBSのクイズ番組では、生放送中に視聴者からの解答電話が殺到。放送中の午後7時半過ぎから1時間半ほど、関東各地で電話がかからなくなる騒ぎも起きました。
「おまっとさんでした」のあいさつで始まるテレビ東京の地域密着バラエティー「出没!アド街ック天国」には1995年から今年3月まで、20年間にわたり出演。「あなたの街の宣伝本部長」として、1千回の司会を務めました。プロデューサーの1人は「下町でがんばる高齢の商店主のVTRが流れる時なんか、愛川さんは実に優しい目になるんです。街や歴史に対する知識が豊富というだけではなく、愛川さんの優しさが視聴者に伝わっているからこそ番組が長く続いている」と語っていました。
「アド街」では、歌手デビュー前の「ゆず」や、新宿2丁目時代のミッツ・マングローブさんらも地道に取材しており、愛川さんは「街ってのは建物じゃない。人なんだ」との言葉も残しています。
「本業は俳優」という愛川さんは、テレビ朝日系の土曜ワイド劇場で、70以上の作品で主演し続けました。土曜ワイド劇場は大衆受けする作品が多いことで知られていますが、愛川さんはこう語っています。「テレビは大衆に愛されてこそ価値がある。いかに心地いいマンネリを作るかを常に意識しているんだ」
テレビ界を知り尽くし、お茶の間を沸かせた愛川さんですが、テレビ業界の将来に警鐘を鳴らし続けていました。「テレビはメジャーですから、大勢の人に受けなきゃあいけない。だから、本当にやりたいってことばかりはできない」「でも、バカばっかりやっていると、あきがきますよ」
96年には女優の中村メイコさんら業界の同志を集め、「テレビについて話す会」を結成。愛川さんは当時、「最近、テレビがひどい、という話を聞く。仲間に聞いても本当だ、という。テレビ界で働く我々が、番組の質や表現法などについて話し合い、どうすればよくなるかといった意見を小冊子にまとめ、発表していくことにした」と語り、世間に一石を投じました。
同世代でラジオやテレビで活躍した永六輔さんは愛川さんを「この人は手を抜くことを絶対にしない」と評しています。
04年に発表した自伝的小説『泳ぎたくない川』。この作品で愛川さんは、自身が婚外子だったことを初めて明かしました。母と2人きり、東京・巣鴨を離れ、茨城や福島、埼玉を転々としながら戦中戦後を苦労して生き抜いたといいます。
疎開先で母と一緒にナタを持っていじめっ子の家に怒鳴り込んだり、母が着物を売って日々の飢えをしのいだり・・・。それから数十年たっても、戦争などのニュース映像を見るたびに、東京大空襲があった45年3月10日に、埼玉県から見た東京方面の真っ赤な空を思い出したそうです。
愛川さんはいつも、意外なものをカバンに入れて持ち歩いていました。「日本国憲法」の小冊子。終戦後、復員兵だった社会科の先生から、中学2年で「民主主義の国で一番大切なもの」と教えられたといいます。「国で一番大切な法律に、戦争をしないと書いてある。すごい憲法だ、と先生が言った。以来、ぼくの頭の中の座標は、この年齢まで一度もぶれたことがありません」
今年3月、戦後70年にちなんで東京都墨田区が開いたイベントでは「反戦は憲法を守ることです」という自筆のメッセージを寄せていました。
テレビにかかわって半世紀。愛川さんは取材にこう話していました。「かつては撮影の待ち時間や食事時などに、スタッフと戦争や憲法の話をよくした。最近は敬遠されるけど、イヤなじいさんだといわれても、若いディレクターを捕まえての平和談議は続けたい」

菅原文太&愛川欽也という『トラック野郎』(75~79年)の2人がどちらも晩年には反権力的な言動が増えていた事実が非常に興味深いんですが、そもそもキンキンが企画しているだけあって『トラック野郎』という映画自体、下ネタでカモフラージュしているけれど実は反権力映画でした......と10年前に取材したときにキンキン本人が言ってました。
「トラック野郎にとっての敵は警察しかないんだよ。トラック野郎があんまり正義感があって密輸を捕まえたとか、そういう話は面白くない。反権力となると警察しかないわけだよ。俺の役のジョナサンっていうのは、どっちかっていうと気が弱いんだけど、反権力には変わりないんだよ。で、ジョナサンは元警官だったっていう設定を作っちゃったの。これには無理があるんだけどさ(笑)。それで、その警官だったヤツが......これもある意味で、ベトナム戦争から帰って来たヤツがそれから反戦運動に走るというのに通じるんだよ。で、気が弱いんだよ。そんなヤツの権力に対する抵抗の仕方っていうのは、夜道を走ってると人形でできたお巡りみたいの立ってるじゃない、あちこちに。それで運転しながら丸太で人形の頭を『この野郎!』って叩くんだよ。そうすると人形がカチーンッていうじゃん。それ何体かやってると『痛え!』って本物がいやがったっていうのをやって。こういうのはやっぱりマズいわな(笑)。それをずっとやってるうちに警視庁が思ったんでしょうね。『あいつら、あんなものやりやがって!』って」
しかも、『トラック野郎』と同時期に主演した『キンキンのルンペン大将』(76年)なんだから、もはやタイトルの時点でアウト。
「これもしょうもない映画で(笑)。2本、3本と続けようと思ったんだけど、やっぱりマズいだろうってことになって。だいたい、ルンペンこそが世の中で一番楽しいっていうルンペン奨励映画なんだよ、これ。俺は直接聞いたことないけど、『なんで愛川欽也の持ってくる企画はこう反権力なんだ』ってなったんだろうね(笑)」
ちなみに、自分みたいに反権力的なポジションの司会者が久米宏ぐらいしかいなくなったことを嘆いていたキンキンが評価していたのは爆笑問題の太田光でした。
「僕は爆笑問題っていう連中をよく知らないけども、僕が爆笑問題ってヤツの番組に出たときに、彼らが『欽也さん、僕らは司会業やってて、なにを一番大事にしたらいいんですか?』って聞くんだよ。だから、『じゃあ日本もひっくるめて、世界中を見渡してみて、本当に理想の国ってあるかい? テレビやラジオでものをしゃべる人間は、いつもどんな時代が来ようとも、ユートピアが生まれない限り、野党じゃなきゃダメなんだ。野党が今度政権取ったら、また野党になれ」って言ったら、太田君が『わかりやすいですねぇ......わかりました、愛川先輩、それ考えます』って。俺、いい青年だなって思ってね」
キンキンのこの考え方はボクも好きで、野党が政権与党を目指す必要はないし、プロレス~格闘技界では野党的なポジションだった『紙のプロレス』がPRIDEバブルで与党になった頃からおかしくなったことでそのことを痛感させられました。
Written by 吉田豪

○「安倍さんに殺される!」愛川欽也が受けた圧力、そして最後まで訴えた反戦への思い
最期まで仕事復帰するつもりだった──。今月15日に死去した愛川欽也の最期の姿を、妻のうつみ宮土理が発表した。うつみによれば、愛川は仕事に戻ることに意欲を見せ、肺がんであることを公表しないでほしいと述べていたという。このうつみのメッセージに対しては、「愛川さんの仕事へのプライドには頭が下がる」「生涯現役を貫かれたのですね」など、仕事と真摯に向かい合った愛川の姿勢を称えるコメントがネット上に溢れた。
俳優として、司会者として、映画監督として。さまざまな顔をもった愛川であったが、もうひとつ忘れてはいけないのが、彼の"平和主義者"としての側面だ。
たとえば、愛川は東京都墨田区が主催する「平和メッセージ展」に21年間も出品。今年3月にも「反戦は 憲法を守ることです」という言葉を届けていた。この言葉からもわかるように、愛川は積極的に憲法改正に反対を唱えてきた。
「憲法を素直に読んでごらんなさいよ。これ、誰がこさえたか、最初が英文だったとか、そんなことはどうでもいいんだ。立派なもんだよ。「戦争放棄」、つまり武力でもってよその国と争うことはしないなんて言っちゃう憲法なんてね、ちょっと嬉しくない?」
「なんでも1番じゃなきゃいけないっていうのはもういいやと。オレ、日本は8番ぐらいでいいんじゃねえかと。
でもさ、別の基準があって、「平和国家」と言えることは、すごく名誉なことだと思うんだけど、このごろの人たちは、あまり名誉だと思っていないみたいだな。
たとえば、近隣諸国に馬鹿にされない、舐められないということが、国を守ること、愛することに、確かに通じちゃうんだね。ほんとうは、我々は戦争をしない国なんだ、ということでほかの国から尊敬されれば、それが国を愛することだと、ぼくは思うんですよ」(カタログハウス「通販生活」Webサイト掲載/2012年8月21日)
本サイトでも昨日お伝えしたが、愛川の平和を願う気持ちには、自身が経験した戦争体験が根底にある。愛川は戦争を通じて得た思想をテレビ番組内でも打ち出していた。その最たるものが、1999年から司会をつづけてきた番組『愛川欽也 パックインジャーナル』である。
当初、この番組はCS放送局・朝日ニュースターでスタート。そのときどきの時事問題を詳しく掘り下げ、政権や原発の批判を果敢に行うことで有名で、ジャーナリストのあいだでも「地上波での放送は無理」と言われたほど。権力をきちんとチェックし、検証しようという番組スタンスは、愛川の司会者としての矜持が強く反映されたものだった。
だが同番組は、2012年3月31日をもって終了。4月7日からは愛川自身が立ち上げたインターネットメディア「kinkin.tv」で再スタートを切った。朝日ニュースター内でも人気を誇っていた番組だけに、終了時には視聴者から惜しむ声が多数寄せられたともいうが、じつはこの番組終了の裏側には、ある圧力の存在があった。
というのも、朝日ニュースターは当初、テレビ朝日や朝日新聞社などが出資する「株式会社衛星チャンネル」が運営を行っており、衛星チャンネルは朝日新聞の子会社という関係だった。しかし、12年4月からはテレビ朝日が親会社となり、『パックインジャーナル』をはじめ、時事問題を扱う番組が一気に終了。いわば、政権批判など"危ないテーマ"を取り上げる番組を、テレビ朝日が一掃したのだ。
いまから3年前の出来事とはいえ、現在、『報道ステーション』に押しかかっている自民党からの圧力、そしてそれらにひれ伏すかのように受け入れるテレビ朝日の態度を考えれば、これは"始まり"だったのだろう。こうしてテレビ朝日によって番組を潰されてしまった愛川は、その無念さを、このように語っている。
「朝日ニュースターは社長さんから始まって、スタッフのみんなも、ぼくはよく知っていましたから、「愛川さんの番組は、絶対に次が引き取るから、そのつもりでいてくださいよ」と言われて、ぼくもすっかりその気になっていたんです。当然、経営が変わっても、ぼくの番組は残るだろうと。正直言って、ギリギリまで安心していた。マイナーな局の放送ではあっても、ぼくの番組はそれだけの人気がある、と思っていたんでね。反響もすごく多かったし」
「ぼくは、創成期のころからテレビに関わってきた人間ですが、あまりテレビは観ない。残念だけど、ぼくが観たい番組がほとんどないからね。そういう目線で見ると、ぼくの番組はちょっと邪魔くせえな、と新しい経営陣に思われたのかもしれない。これはぼくの偏見かねえ」(同前)
政権も原発も、きちんと真っ正面から捉えて議論しよう。それが自分の観たいテレビだから──。そんな愛川の姿勢は、ネット上の動画サイトで引き継がれることとなった。愛川は言う。
「ぼくは自分で言いたいことを言う、出てくれるみなさんにも言いたいことを言ってもらう。そういうスタンスでずっとやってきたわけだから、いまさらそれを変えられないですよ」
「生意気なようだけど、ぼく、変節しないんですよ。憲法とか民主主義とか戦争反対とか。譲れないでしょ? ぼくの原点だから」(同前)
すでに肺がんが進行し、脊髄にまでがんが転移していたと言われる愛川。しかしそんななかでも、先月まで『パックインジャーナル』の放送をつづけてきた。先週号の「週刊文春」(文藝春秋)では、愛川が「このまま政権批判を続けていると安倍(晋三)さんに殺される」と口にしていた、という愛川の知人の証言を取り上げ、まるで認知症であると匂わせるような記事を掲載していたが、これは認知症ゆえの被害妄想でも何でもなく、愛川にとって本心の言葉だったはずだ。
事実、テレビ局は自民党からの圧力に脅え、"言いたいことも言えない"空気が戦前のように充満しているのが現実だ。挙げ句、自民党は放送倫理・番組向上機構(BPO)さえも政府が関与できるように検討することを発表した。これがもし現実化すれば、あらゆるテレビ番組は政権によって監視され、都合の悪い番組を潰すことができるという"本気の言論統制下"に置かれることになる。この末恐ろしい社会を、愛川は予見していたのではないだろうか。
愛川が守りつづけた『パックインジャーナル』の、最後の出演となったのは3月21日配信分。この本番前、愛川はコメンテーターの川内博史・民主党前衆議院議員にこう語っていたという。
「この政治状況では死んでも死にきれないよ」
報道の自由、放送の自由が脅かされるなかで、またひとり、気骨のある放送人をわたしたちは失ってしまった。

愛川欽也さんというと、僕に取っては先ず、何と言っても「いなかっぺ大将」のTVアニメ版の、ニャンコ先生の声ですね。僕はもう高校生くらいになってましたが、毎週TV放映を見ていたかどうかよく憶えてないけど、アニメのニャンコ先生にはいつも笑わせて貰いました。元々、愛川欽也さんというと深夜ラジオのDJ出身で、アニメの声優としても活躍してましたね。僕がラジオを聴くようになるのは18歳以降のことで、それまでは深夜ラジオを聴いたことなんてなかったので、調度、僕が高校生くらいの頃から、主にTVで愛川欽也さんには親しみました。よく憶えてるのは高校生時代にTVでやっていた歌謡番組、「ベスト30歌謡曲」の司会進行。正に軽妙洒脱そのものの、素晴らしい喋り芸のMCでしたね。その後のMC業は皆さんご存知の通り、正に名人芸の一つですよね。
その後、僕は18歳から30歳までは自分のTVを持たず、この十年ちょっとの期間は僕はほとんどTVを見ない生活をしてたから、この間はあまり愛川欽也さんに接していなかった。というかほとんど知らなかったようなもの。でも、映画の「トラック野郎」での活躍は知ってました。元来ヤクザ映画のあまり好きでない僕は、「トラック野郎」はヤクザ映画ではありませんが、主演の菅原文太さんが、日本のヤクザ映画の代表的なスターだったので、その菅原文太さん主演で「トラック野郎」という邦画には当時は正直興味はなかった。でも、この映画が世間で大人気で話題になっていたことはよく知っていました。暇なとき僕はロードショー館にも名画座にもよく足を運んでいたので、ひょっとして名画座の三本立ての一つで見てるのかも知れません。事実、僕は名画座でか帰郷した後のTV放映でか、「トラック野郎」を二、三回くらい見た記憶がある。愛川欽也さんは“やもめのジョナサン”役で、コミカルな演技をしてましたね。
帰郷してからの30代40代、僕はよくTVを見るようになりましたので、「なるほどザ・ワールド」などいろいろなバラエティー番組の名司会ぶりを拝見していました。軽妙洒脱な司会進行話芸は抜群ですね。最近はあんまり、愛川欽也さん司会の番組を見なくなっていたのですが、時折、奥様と一緒にワイドショーで話題となって、うつみ宮土理さんとのツーショット姿を拝見していましたが。僕は「アド街ック天国」とかいうテレ東系の番組、実は一度も見たコトなくて‥。
愛川欽也さんのまた別の顔、舞台演劇の監督から脚本、役者まで全部やる、演劇の顔はよく知りませんでした。ただ愛川欽也さんの不倫疑惑がスキャンダルで話題になったとき、相手女性が自分の主催する演劇関係の女優さんで、いわば弟子筋の方だということで、ちょっとはワイドショーを賑わせていました。本人は否定してましたが。あの時、韓国に留学されていたうつみ宮土理さんの態度も話題になりました。本当に信頼しあった仲の良い夫婦でしたね。この件で僕は、愛川欽也さんが演劇をマルチに全部やる人なんだと知りましたが、後に映画の監督までされていたと知って、本当にマルチな才能の方だったんですね。あの司会進行のうまさといい、本当は相当頭の良い方だったんでしょうね。偏差値的なアタマというよりいわゆる地頭が良い、実際的なアタマの良さですね。
それと亡くなられてから知ったことなんですが、現在の日本の政治に非常に強い関心があり、BS放送で時事社会関係の番組をやっていたとは知りませんでした。主に政治の討論番組というか、識者や政治家などを招いて意見を交わし、現在の日本の国の問題を憂い、考える硬派の番組だったようですね。「トラック野郎」の盟友、菅原文太さんも晩年は政治に強い関心があったようで、政治関連の意見を述べていたようですね。こういう有名人たちの社会的言動については僕はよくは知りませんでした。
大橋巨泉さんとも昭和九年の会だっけかな、芸能人文化人で作っている会での会友で、もともと仲が良かったんだとか。学年は愛川さんが巨泉さんより一つ下だけど、同じ昭和九年生まれなんだとか。おふた方とも60年代から活躍の、正に日本のTV界の申し子みたいな人でしたね。勿論、二人ともただのMCではなくて、プロデューサー的な役割もこなしていたんでしょう。愛川欽也さんのマルチな才能は凄い。
愛川欣也さんが2015年4月15日に亡くなってから、もうだいぶ経ってしまった。一ヶ月半以上2ヶ月未満くらいか。その内には憔悴しきっていたという、未亡人となってしまったうつみ 宮土理さんも少しだけ回復したようで人前に出れるようになり、痩せ細った身体で会見に応じていた。あれは5月10日のことか。早いものだな、うつみさん憔悴会見からも一ヶ月近く経つ。
そして、6月4日の「愛川欽也さんを偲ぶ会」。自分の身体の半身のような夫を失ってしまったうつみ宮土理さんは、何とか涙ながらのあいさつスピーチを行ったようですが、とても傷が癒えた状態ではなかったようですね。これはこの後も、なかなか立ち直れるようなものではないのかも知れません。
この間、2015年5月28日に67歳で亡くなられた、関西芸能漫才界では大御所の一人とも言える、漫才コンビ、今いくよ・くるよ師匠の、今いくよさんが胃がんで亡くなられ、憔悴した相方の今くるよさんが、相方の葬儀会場で号泣会見していましたが、高校生の時代からの親友で芸能界での盟友で、長年、一緒に力を合わせて生きて来た、本当に仲の良い相方を失って、自分の身体の部分をもぎ取られてしまったように落ち込んでいたんですが、この状態はうつみ宮土理さんと同じようなものなんじゃないかと思います。自分の本当に大切な近しい人、もう自分の身体の一部か半分みたいな人。生きているときは、はっきりとは解らなくても、相手を失ってしまって、どれだけ頼りにしていたか、自分の心の支えだったか知れない人。
とても悲しい状況ですが、TVでですが、このおふた方の悲しみようを見ていると、見方を変えると、実は、こういう本当に信頼できる、人間として心から愛せる、親友や伴侶を、自分の人生で持てたということは、とても幸福だったのでないか、と思いました。本当は羨ましい限りです。

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