Kenの漫画読み日記。

餅賢次の新旧漫画情報と懐古(郷愁)他雑感

●映画・・ 「ミュンヘン -MUNICH-」

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Photo Photo_1  今回のタイトルは、カテゴリ分け「映画」で、お題はアメリカ映画「ミュンヘン」になってますが、この映画「ミュンヘン」は僕が今月初めにDVDで見た、スティーブン・スピルバーグ監督作品の映画です。最初、僕は「MI-Ⅲ」等のミッション・イン・インポッシブルシリーズのような、ど派手なアクションシーンが入ったスパイものを期待して手に取ったのですが、カバージャケットをよく読むと、実際にあった襲撃テロ事件とその後の周辺事件を、事実に忠実に描いてエンタメ映画として制作したものであり、その発端の事件が72年のドイツ・ミュンヘンのオリンピック村襲撃虐殺テロであり、その報復の暗躍をスリリングに描いているようで、ドイツ舞台といえば古い映画になるけど、主演ジョン・ボイドの「オデッサファイル」を思い出して、あのサスペンスタッチの雰囲気と似たものを期待して、この「ミュンヘン」を見たのですが、やはり事実に基づく映画なだけに派手さはありませんし、エンタメサスペンスのような意外な展開やどんでん返しの驚きがある訳ではありません。でもなかなか良い映画でした。これはスティーブン・スピルバーグ監督の反戦映画ですね。


Photo_3  朝晩がめっきり冷え込んで来た感じで、朝方寒くて、思わず夜中に蹴脱いだ毛布にくるまる。朝の寒さに鼻水が止まらなくなり、ティッシュでかんでもかんでも止まらぬ鼻水のいやらしさにカプセルの鼻水止め鼻炎薬を飲むと、一日中眠くてかなわなかった。で、上の映画「ミュンヘン」の続きの話になるんですが、10月初めに見たDVD映画の事でも記事に書こうかな、と思っていたら10月9日に何と、北朝鮮の核実験実施の発表があった。我が国日本を仮想敵とする隣国北朝鮮の、7月の日本海ミサイル連射事件に継いで、衝撃のニュースが飛び込んで来て、僕もこれは、スピルバーグの反戦映画「ミュンヘン」を語るならば、この度の北の核実験について、ひいては人類の愚かな所業、人類を60回も全滅出来るだけの量を世界で保有という、悪魔の絶滅兵器、核についても語らねばならぬと思い、人類平和への希求の書き込みに意気込んだが、なかなか筆が進まず、ブログ記事が書けない。やはり事があまりにも重大な事柄だけに、僕もちょっとひるんでしまったみたいなのだ。実際、10月入ってから、その前からでもあるんだけれど、ブログ記事が何だか書けなくて、やる気が起きなくて、気分的にノラなくて駄目だった。だから今回の記事は、やる気が起きないところに持って来て、大きな問題を扱おうとしてひるんで、それでも何か記事を書き込もうとして、どーでもいいところから入って行って、どーでもいい記事が中途半端になった書き込みの寄せ集め、という記事になってしまった。だからこれからの下記記事は、実は10月10日過ぎくらいから先にぼつぼつ書いた文章なのだ。という訳で、今回は寄せ集め記事です。何の脈絡もなく段落で、突然内容が変わります。ちゃらんぽらんな構成記事で、どうも申し訳ありません。



 日曜朝の日テレ系のトーク番組に、怪人アラマタンがゲストで出演してまして、やっぱり変わった人ですね。ちゃんと普通のしっかりした奥様を貰っていました。怪人アラマタンはその昔、江戸風俗研究家で非常に個性的な漫画を描かれていた女流江戸漫画家、杉浦日向子さんと結婚をしてました。が、半年で離婚してしまいました。その時、確か「噂の真相」か何かでアラマタンのゴシップが載って、怪人アラマタンの女癖が悪くて杉浦日向子さんが辟易して別離たのだ、とか一方的にアラマタンに非があるように書かれていたように記憶していますけど、僕の十数年前の記憶だからあんまりアテにはなりませんが、その時、僕は確か、この人がそんな器用にあちこち女遊びが出来る人にはとても思えないけどなあ、と感じたものです。と思う。そう思っていたら、日曜トーク番組見てると、やっぱりそうでした。怪人アラマタンは女に不器用な人だったんです。また相手の杉浦日向子さんは非常に個性的な人だし、どっちも変わり者じゃあ合わないはなあ。無論、杉浦さんといえば若い頃は可愛くて可憐なお嬢様みたいな漫画家でした。僕は当時、マニア向け漫画専門誌の若かりし時の写真を見て、可愛い人だなあ~、とうっとりしたものです。変人という意味では怪人アラマタンの方が横綱級でしょう。僕は怪人アラマタンの著作といえば、ベストセラー怪異小説「帝都物語」くらいしか知りませんが、トークで話してたんだけど、昔、平凡社で会社に寝泊りしてライフワークの大博物図鑑を私費を投じて編纂刊行し、莫大な借金を作って、「帝都物語」のベストセラー印税で調度、それをペイ出来たんだって。昔の話ながら良かったですね、借金残らなくて。番組トークの荒俣宏さんの話は非常に面白かったです。実物は身長185センチの巨漢でびっくりしました。「帝都物語」は昔、映画公開前にビグコミスピリッツで短期連載されているのを、当時雑誌で読みました。僕は「帝都物語」「帝都大戦」共にビデオで見ていて、とても面白かったです。



 作家荒俣宏さんは今でも一日に3冊くらいは本を読むという。すごいな、とびっくり。新書判なんかは一時間で読み終えるという。驚異を感じると共に羨ましい。僕なんか今は全くといっていいくらい本は読んでない。駄目だ。やっぱりね、脳味噌を鍛える一番の方法は読書ですよ。読書は脳味噌トレーニングの不動の王者です。僕が今、読むのはせいぜい週刊誌の記事くらいなものだもんな。堕落じゃ。荒俣宏さんは眼鏡を掛けてるし近眼だろうが、年齢的にも老眼も入ってるんだろうが、読書に対しては眼の弱さは支障しないのだろうか?僕なんか荒俣宏さんよりもずうっと若いのに、もう眼が弱りきってて、長い読書は苦痛です。今は、読書に向かう知的好奇心も薄れてしまってるしなあ。ホント駄目だなあ。昔、速読の本を何冊も買って来て、何回か速読にチャレンジしたが駄目だった。けっこう根気良くハウツー本に沿って独学練習した事もあったが無理でした。いつもその内投げちゃったしね。最後は、こんな読み方では読書が全く面白くない。読書の味わいが無い、なんていって、自分で納得してやめて。実際、面白い小説をじっくり味わいながら読んで行くのには適さないよね、速読法というのは。しかし万能評論家の立花隆さんなども一日3冊はラクなもんだろうしなあ。あの方は毎日5冊くらいは行ってるんじゃなかろうか。僕には一日2冊読む人は人間ワザではないと思う。一日1冊でも僕にはものすごいことに見える。


 荒俣宏さんて、「帝都物語」からこっち、小説は書いているんだろうか?僕は荒俣宏さんの著作は1冊も読んだ事ありません。どうも済みません。昔、15年くらい前か、「週間(週刊)少年マガジン」の創刊から70年代までの懐かしい記事やヒット漫画や当時の誌面構成紹介の、ノスタルジックグラフ誌が刊行されて、その責任編集の一人が荒俣宏さんで、そのグラフ誌に書いてある解説文やエッセイ評論などの文は、荒俣さんのものを読んでいるけど、それくらいだなあ。雑誌に書いたコラムやエッセイなどでは幾つか読んでいるかも知れない。「帝都物語」って伝奇SFになるのかな。大時代で歴史的な怪奇ものですよね。スピリッツで漫画版と映画はビデオで見てるけど。陰陽師系の呪術、妖術や魔術の世界でもあるんだけど、映画版の「帝都大戦」ではサイキックだよね。だからあれはSF的。「帝都大戦」の方の南果歩熱演のサイキック美女は良かったなあ。荒俣宏さんは昨年夏公開の映画「妖怪大戦争」の制作の中心的プロデューサーの一人だったよね。怪人アラマタン、好感持てる、巨漢知性者ですね。「妖怪大戦争」の魔人加藤保憲はトヨエツが好演していたけど、「帝都物語」の本家魔人加藤保憲役やった、怪人俳優嶋田久作さんは今はどうしてるんだろう?東大出て植木職人していたという、この人もとても変わった人だったけど。 



 話は変わりますが、まあ、映画つながりで。あややの「スケバン刑事」コケたらいしですね。「スケバン刑事 -コードネーム麻宮サキ-」、初主演映画だったらしいですが、興行収入が2億円に届くかどうかの大苦戦という話。この映画、興行収入が5、6億円は行かないと制作費がペイしないんだとか。あややスマイルの松浦亜弥のキャラを大幅イメチェンして臨んだ活劇映画でしたが、ファンは着いて来なかったらしい。時代は今さらセーラー服に凶器ヨーヨーのスケバンでもないのかな。松浦亜弥の人気も凋落ぎみだと聞く。あややの年齢って意外とまだ20歳なんですね。今大人気中の旬の若手女優たち、沢尻エリカ、長澤まさみ、堀北真希なんかと同世代になるんですね。デビューが早かったから昔から居る印象が強くて。以前、松浦亜弥24歳説だとかいう噂が流れたことがありましたが、今だと思わず信じそうになる。スターもどんどん新しい人が次々出て来るし、芸能人が常に第一線に居続けることって、やはり相当に大変な事なのでしょうね。松浦亜弥というと、ホームドラマの純心明朗少女って感じがある。何処にでも居そうな素直な可愛い庶民的な美少女。安全パイ的なイメージ。これから、芸能界でどういう立ち位置に居るかっていうのも、難しそう。この間なったっていう顎不全症は治ったのかな?頑張れ松浦亜弥!って特別ファンじゃないけど。


(※あややの顎関節症は一応は治ったようで、22日にステージ復帰、ファンの前で昼夜2公演延べ36曲を熱唱したそうです。良かったですね。)


Photo_4  あややの「スケバン刑事」といえば、AV関係で、あややのそっくりさんとしてAVで売っているAV女優、紋舞らんの新作ビデオが「スケパン刑事」で、セーラー服着て、ヨーヨー持って、「おま×こゆるさんぜよ」のセリフが書いてあって、笑わせる。コードネーム麻裸宮(マラミヤ)サキだって。宣伝エロサイトで見たんですけど。そういえばAV女優早坂ひとみには、「スカイハイ」の釈由美子そっくりや「ごくせん」の仲間由紀江そっくりの企画ものAVがあった。どれもAV本編は買っても見てもないんだけれど、エロパロディは笑わせますね。早坂ひとみはAV引退したらしいが、前にも書いて、考えた事だけど、こういう人って引退後はどういう生活するんだろう?異色のスターですよね。芸能人ほどではないにしろ、人気AVアイドルはやはり全国的に顔が売れちゃってるでしょうから。引退後、普通のサラリーマンの奥さんとかに納まれるのだろうか?AV界スタッフとかと業界結婚するのだろうか?AV女優から一般女優や芸能人タレントになる人って、もうほんの極々わずか数える程だろうし。AV男優って人たちのプロフィルや生活も興味あるなあ。ムキムキのモリモリ筋肉マンでプロレスラー兼AV男優って人も居たよなあ。AVアイドルって仕事はいくら汚れ仕事みたいなものでも、いざ引退から結婚したい、とほのめかせば、綺麗でスタイル抜群の人たちも多いから、ファンにはAVビデオ何十本出ててもいいから結婚したいって男も殺到するだろうなあ。今の時代、主婦売春とかも多いらしいし、AV引退後、普通に結婚しててもあんまし関係ないのかな。陰口とか、世間もあんまり騒がないのかも。AV女優ってものすごい世代交代が早そうだし、何本か出て辞める人も多いだろうし、AV女優さんて五年間とか十年間とかってスパンで数えたら、圧倒的すごい数が居るという気がする。まあ、どーでもイイことなんですけど。いや、引退後何年も経って、普通に静かに安定して生活しているのに、突然過去を掘り返されゴシップで苦難を味わわされて苦悩している、とかって人も居るのかな、とかちょっと疑問に思っただけです。 


Meteor01 Daodan1  「この世界には無限のものが二つある。ひとつは宇宙。そしてもう一つは人間の愚かさである」・・・というのはアインシュタインの言った言葉なんだそうである。歴史的な天才科学者アインシュタインが何時何処でどのような時に言った言葉なのかは僕には解らないが、おそらく凝りもせずにせっせと国民同胞の若い命と巨額の金を注ぎ込んで、人間同士で果てしなく殺し合う人類に対して発した、怒りと諦めとやりきれない歯がゆさを含んだ言葉だと思う。単純に考えて見るといい、核爆弾は今現在世界中に1万6千発あるという。TVのニュース番組で言っていた数だ。何かの雑誌には3万発あると書いていた。もう随分前にこの世界には人類を60回全滅出来るだけの核がある、と聞いたことがある。今の原爆一つでどのくらい殺せるんだろう。先ず10万単位で殺戮できる。爆心から離れた周辺に居て、その場は生き残れても、放射能禍でやがては結局死ぬ。苦しませながらじわじわと殺していく。水爆ならどのくらい殺せるんだろう。今度は100万単位だろうか。とにかく人間をいちどきに十万百万と殺戮して、あとに残った人間も漏れなく放射能禍で苦しませて殺していく。核を何発も爆発させれば広がる死の灰は凄まじいものだろう。死の灰を浴びた生き物はみんな死んで行く。人間科学の粋でこんなものをせっせと作って来たのだ。今も、持っていない国々は本当は欲しい。だから作れるものなら作って手元に持っていたい。だが先に作って大量な数を持っている国がそれは許さない。多分、全世界の核爆弾の何十分の一かで、地球上のあらゆる生物を道連れに人類は絶滅する。核シェルター?馬鹿を言っちゃいけない。あんなもの意味があるものか。アインシュタインの言った事がよく解るでしょ?さすがは万物の霊長、人間。愚かさもスケールが違う。アインシュタイン博士の言うとおり、人間の愚かさは果てしない。これは神の視点だと思う。神様に代わって神様の視点を語ってみたのだ。人間のあまりの馬鹿さかげんを。


Photo_2 Photo_5  という訳で、今回は記事自体がすごく長いけれど、一つ一つの文に脈絡がない、寄せ集めの、ちゃらんぽらん記事になってしまった。1972年のミュンヘンオリンピック時の選手村の、イスラエルチーム宿泊施設にアラブゲリラが襲撃殺戮し、その報復をイスラエルの諜報機関モサドに所属していた一市民が特命を受け、仲間数人と共にテロ実行犯を地道に報復暗殺していくという、スパイ映画としてはとても地味な作品を、平和希求の思いと共に語ろうかとしたが、何だかまとまらない形になってしまった。しかし、この映画は、主人公が国家間の戦争の下に、報復の暗殺を次々と繰り返して行き、自分の取って来た行動に疑問を感じ、そして苦悩する姿を通して、いろいろと考えさせられる作品だった。名画だと思います。殺す側も元は一市民なら、復讐される殺人集団も、一人一人は普段は普通に常識的一般人として、市民生活を営んでいるごくごく市囲の良い人たちなのだ。そうした普通の常識的一般人の市民達が、国家を背負い、戦争の下、殺戮し合う。復讐をすれば今度はその復讐を恐れて怯えて生きて行かねばならない。人間てどうして戦争をするのだろう?人間てどうしてこんなにも愚かしいのだろう?とこの映画を見た後には考えさせられる。2006年第78回アカデミー賞5部門ノミネート作品。スピルバーグの力作を鑑賞して、確かに今の日本人は平和にどっぷりと浸って暮らすことが出来る恩恵にあるが、今も世界中で起きている隣人どうしが殺戮し合う戦争、戦争を止められぬ人類の愚かさを今一度、深く考えてみましょう。