「パパ・リンコ物語」



ウィル・スミス主演の米SF映画「アイ・ロボット」のDVDを借りて来て見てますと、やたらCG特撮が多い。もう、CGアニメと実写の合成映画もの、と見てしまうくらいですが、CGアニメが目立ち過ぎるので、リアリティさが無くなっているきらいがあります。CG特撮も「ジュラシックパーク」や「スターシップトゥルーパーズ」くらいの使用なら、迫力があってCGアニメと解り難く、実写の中に溶け込んでいて良く出来ているのですが、「アイ・ロボット」ではもうCGアニメ部分が多過ぎて目立ち過ぎ、どうしても合成映画としてとらえざるを得ない感じですね。作り物感がはっきりとしちゃう。

この映画「アイ・ロボット」も、題名からしてやはり、アイザックアシモフの原作映画なのでしょうが、多分、相当にストーリーを原作とは変えていると思う。全く同じなのはテーマのいわゆる「ロボット三原則」というもので、これは昔から米SF作家アイザックアシモフが考え出したものだと言われていましたけど、どーも最近のSF評論の書物とかをちらり読むと、40年代後半から50年代の米SF専門誌の名編集長ヒューゴガーンズバックが、この「ロボット三原則」に基づいたSF小説をアシモフにはっぱを掛けて書かせたものらしい。僕は長らく、このガーンズバックの名が、米SF界の最高に権威のある賞「ヒューゴ賞」の由来だとは知りませんでした。ガーンズバックは名編集長、パルプマガジンSF専門誌の作り手にして、自らもSF作家の米SFシーンの基礎土台を作り上げた、言わば米SF界の父、みたいな人ですね。一般に「SFの父」と呼ばれるのは、日本公開が待たれるスピルバーグ監督の新作映画「宇宙戦争」の原作者、もう古典作家とでも呼びたくなる、H・Gウエルズですけど。
まあ、ですから、「ロボット三原則」なるものはアシモフさん一人の考え出したものではないのかも知れない。僕は20年くらい前に、この「アイ・ロボット」の原作和訳を早川文庫で一度読んでいるんですが、ほとんど内容を憶えていません。短編連作で、一つだけ、月世界での宇宙飛行士の人間とお供のロボットの何かやりとりがあったなー、くらいの事しか覚えがありません。この作品は、人間社会にロボットが溶け込み始めた時代のエピソードをあれこれお話にしたものですが、テーマには「ロボット三原則」があったようです。映画版もこの「三原則」が重要なテーマとして描かれています。今は亡き米SF作家アイザックアシモフはもともと化学の学者として博士号を持っていて、ファンは普通一般にアシモフ博士と呼びます。SF作家なのに飛行機が大嫌いでしたね。現代SF小説界からすると古い人ですがいまだに「御三家」と呼ばれる、世界SFの創設に貢献した往年の大御所作家ですね。

いまだに、80年代に亡くなったP・Kディックの原作映画がいっぱい作られており、しかもそれは50年代からせいぜい60年代前半の小説作品、そしてこの「アイ・ロボット」といい、新作の「宇宙戦争」なんて、原作のウエルズは19世紀末か20世紀初頭の人でしょう、どうしてこんな、古い原作に基づいたものばっかり、ハリウッドは新作映画を製作しているのかしら?まあ、別に僕には、どうでもいい事ではあるんだけども。
まだ抜いた歯の奥が痛いなあ。どうしてだろうか。永久歯を一本そのもの抜き取ったからって、こんなに長く痛みがあるものか?我慢できぬ痛みではなくて、ま鈍痛ではあるのだけど。このニ連休はどうしてか下痢が続いて、そのせいか疲れていてよく眠っていたなあ。ホント眠り続けていて、休みがもったいなかったけど、考えようではそれで疲れを取っていって良かったのか。でも変なもの食べた心あたりが無いのに食あたり。お、うまいねえ、我ながら。でも、当たりと中りは字が違いますが。こんな駄洒落で喜んでてはいけない。昔は何かもっと、面白い事がぽんぽん出てたよなあ。やはりギャグなんかも若くてアタマが柔らかい内でないと出て来ないものなのかなあ。昔、バラエティー専門の放送作家が言っていた、「もう40歳を過ぎたら面白い事はあんまり出て来なくなるから、今の内にアイデアいっぱい出して面白い番組作んなきゃ」というセリフを思い出すけど、それは多分、正しいんでしょうね。アイデアとか、奇抜な発想とは、いわゆる「アタマがヤワラカイうち」でなけりゃなかなか出て来ないものなのなのでしょう。


昼間、70年代の終わりから80年代に活躍して、今はイラストレイターとしても有名な、ギャグ漫画家、江口寿史さんの自伝というか、多分これはインタビュアーが居て話を聞いたものを後で編集したものだと思うけど、そういう漫画家自分史の紹介文みたいのを読みまして、その中で江口寿史さんが言っている「子供の頭の中をかき回す作品を描いていきたい」という話に注目してしまいました。そしてこのセリフ、「77年から連載始めていた、進めパイレーツ、という自分の漫画を読んで、漫画家になった人とか、デザイナーやミュージシャンになったという、後年クリエイターとしての仕事に就いた人が居る…」というような事が、事実証明として書いてある。これには僕も成程と思い同意しましたね。何でもいいからとにかく情報を身近なものからどんどんとつめこんで行きたい、という幼児期の時代におかしくて面白い変なものも一緒に入れてやる、子供の柔らか過ぎる脳味噌が「ナンじゃこりゃ?」と思いながら楽しくて面白がる、多分、江口寿史さんの言っている「アタマをかきまわす」とはこういう事なんじゃないかと思います。


僕はクリエイターになった訳ではありませんが、僕も少し遅く小学低学年から小学中期に「鉄腕アトム」や「よたろうくん」で頭の中をかきまわしてもらいましたが、かきまわし方が足りなかったようです。その後すぐに「天才バカボン」でアタマをかきまわされたけど、ちょっと遅かったかなあ。勿論、通常一般的常識的情報を覚える中に、ぽんと変なものをまぎれこます、という事で、その役目が、まあだいたい少年向けに描いたギャグ漫画だという事ですね。僕は昔、小学低学年くらいまでの幼児期後期に「鉄腕アトム」「ブラックジャック」「ガキデカ」のコミックス全巻を読むといいな、と思っていました。今の漫画シーンからすると少し古い選択ですが、今の少年達には「古過ぎっ!」って馬鹿にされるのかもしれませんけどね。僕は今のギャグ漫画の一つ、「浦安鉄筋家族」とか読まないし読んでも笑えないのではないかなあ、と思います。僕が爆笑したのは「ガキデカ」までですね。

ギャグ漫画家、江口寿史さんが漫画家になろう、と決意したのは「ガキデカ」を読んだからだそうです。江口さんは僕と同世代ですからもう大人になってからですね。それまでは、漫画家になるならストーリー漫画家だと思っていて絵柄もストーリー漫画の絵だったので、センスも違うしプロになるのは半ば諦めていたのが、山上たつひこさんの「ガキデカ」を見て、ストーリー漫画の絵でもギャグ漫画が描ける!と思い、それから「進めパイレーツ」等の初期の、独自のギャグ漫画を描いて行ったのだそうです。
今は、イラストレイターの仕事が多いようですが、まだまだ「子供のアタマをかきまわす」漫画は描いて行きたいとか。江口寿史さんの描くイラストの女の子は本当に可愛いですね。僕は江口さんの絵が大好きです。イラスト的な絵のうまさは鳥山朗さんの絵のうまさと通じていると思う。江口さんは「今のハイティーンは漫画を読まない。電車の中や街中でもケイタイばかりいじっている。でも小学生は漫画を読んでいる。これからのターゲットは小学生と30代ですね」と言ってます。今は多様なゲームというものがあふれていて、今の子供達はみんなゲームで遊んでいますからねえ。何かに「漫画は娯楽の王様です」と書いてあったけど、ひと頃程は漫画は読まれていないんじゃないかなあ。ただ、昔の大衆小説がやっていた事は今は漫画が担ってますね。大人が読むストーリー漫画です。大人が満足しうる多彩な情報が得られる。今は、「小説現代」とか「小説新潮」や「オール読物」といったいわゆる昔で言う中間小説誌などは、販売続けて行けるくらいは読まれているのかしら?

今回は実は、昔のTV放送分の「ウルトラセブン」の『幻の第12話』の事を書きたくて、タイトル「ウルトラセブン」にして書き始めていたんですけど例によって話が違う方向に進んでしまったし、途中から江口寿史さんの事を書き出したから、もう「ウルトラセブン」はやめて、江口さんの漫画の題名を今回のタイトルにします。という事で「パパリンコ物語」。
江口寿史さんのイラストは僕は大好きですが、漫画の方はあまり読んだ事がありません。連載デビュー作「進め!パイレーツ」も読んだ事ありません。「パイレーツ」が連載されていた時期は、多分僕は漫画誌はほとんど読んでいなかったと思います。大好きな傑作、山上さんの「ガキデカ」でさえ、多分その当時の職場の休憩室に若い職場仲間が持って来て捨て置いたチャンピオンでそれだけ読んでいたのでしょう。それに江口さんが最初、専属契約していた集英社のジャンプは、昔から僕は滅多に読んでいなかった。山上さんの「ガキデカ」は後でコミックスで全26巻読みました。少年ジャンプという雑誌は、創刊期のまだ「男一匹ガキ大将」が掲載されていた頃しか、まともには読んだ事がありません。江口さんの「パイレーツ」の次のジャンプ連載作の「ストップひばりくん」は、オリジナル連載からかなり経ってから文庫で一冊読んでいます。これは、主人公の少年が下宿した家に四人の美人姉妹が居て、末の娘が一番可愛いかったけど実は男の子だったという、初めて少年誌にオカマキャラを持ち込んだギャグ漫画で、江口さんがジャンプ編集部に企画を持ち込んだ際に「オカマねえ。少年誌だしねえ」と首をひねられたという作品ですが、これも「パイレーツ」に引き続き、人気を得た漫画作品です。

さて表題の「パパ・リンコ物語」に行く前に、この文章アタマに書き込んだ映画「アイ・ロボット」ですが、映画初めは退屈しますが、終わり近くまで来ると、俄然面白くなります。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、あっ、と思うどんでん返し、みたいな展開で、成る程そうだったのか、と納得。さすがはハリウッドSFの大作映画。大作になるのかどうか判りませんが、なかなかスピーディーでサスペンスタッチの面白いSF映画です。原作のアシモフ博士の「アイ・ロボット」の中に、この映画の元となるような短編があったかどうか?多分ないような気がするけど、読んだ原作和訳はもう全くと言えるくらい憶えてません。映画ストーリーは原作テーマ「ロボット三原則」から考え出した、という事なんでしょう。P・Kディックの短編小説が原作のハリウッドSFも、お話は大幅に変えられています。映画はやはり監督とか製作者のもので、原作小説とは全然雰囲気が違うものになりますね。どれも。

という訳で「パパ・リンコ物語」。これは僕が小学館の青年漫画誌というかその下のヤング誌になるのか、ビッグコミックスピリッツを毎週購読していた頃の、江口さんのスピリッツ連載漫画作品ですけど、確かこれは未完で途中で連載が終わっています。ダンディーだけども変なキャラのパパと美少女リンコの旅物どたばたギャグ。だったように思います。スピリッツは僕は創刊当時からずううーっと購読し続けていた漫画誌で、多分33歳頃まで買って読んでいたと思います。小学館、ワシに礼を言わんかいっ!てな感じくらい、24歳か25歳くらいから律儀に毎週購読し続けた。まあ、連載漫画が面白かったのでしょうね。「パパ・リンコ物語」は多分、浦沢直樹さんの「ヤワラ」が大人気連載されていた頃と同時期の漫画ではないかと思う。「ヤワラ」に比べれば連載期間はものすごく短いけれど。ちょっと不思議な漫画で、僕は印象的にはあんまりよくは覚えてないけど、江口さんてセンス的には、都会的で今風で洗練された雰囲気を持ったものを何かサラリと描いてしまうような人ですよね。

長くなりましたが表題「パパ・リンコ物語」のブログをこれで締めようかと思います。ふう~。いやあ~、長い。表題に関する文に来るまでが。歯痛の事も下痢の事も書いたし、漫画の事よか映画の話の方が長々書いているのかもだけど。今行っている歯医者さんの歯科衛生士さんは可愛いので嬉しい。まあ特に世間話をする訳でもありませんが。今は歯痛も治まってるが両奥ボロボロは治療がしばらくは長く続くだろうから、歯科衛生士さんに会えて嬉しい、違う、歯痛が断続的にあるんだろうなあ。どこでも身体が痛むのは嫌だなあー。江口さんの自伝的文というか自分史文読んでて爆笑したのが、集英社ジャンプ専属契約の頃、あまりに遅筆なので本社ビル編集部一室に入れられていて、そこで徹夜と簡易ベッド仮眠を繰り返し、とうとう会社の一室に棲みついた。適当に弁当などを食べて、風呂は週一回しか入らず、その内住み心地が良くて、周囲は雑誌編集の仕事でざわざわしている中毎日生活し、出て行けなくなった。しばらくそこで生活する内に一度田舎に何日か帰り、集英社に戻ると、その執筆室なる部屋は他の遅筆漫画家が入っていた。それが「キンニクマン」のゆでたまごで、やむなく編集部を出て、仕事場兼寝室を探す事になったという話です。
「パパ・リンコ物語」調べたら、85年から86年の作品ですね。丁度僕が10年勤めた会社辞めてプータロウ君になっていた頃かくらいですね。「ヤワラ」は初めの頃かな。江口さんは絵がうまくてイラストの才能があるから良いですよねー。江口さんの絵柄のファンも多いでしょうねえ。「アイ・ロボット」のヒロインの女ロボット工学者はそれ程惹かれるような魅力的女優でもなかったな。まあ美人女優でしたが。上戸彩さんは特別好きなアイドルでもないのですけど、あの人の出る中古自動車専門誌のTVCMで合成されていたバックの絵が、確か江口さんのイラストでしたよね。今はもう放送されてないかな。中古車専門誌GOOの。

この、僕のブログは、どっちかというと日記ですので、つれづれなるままに何もかもぶち込んで駄文のごった煮みたいなもので、僕でも漫画の事だけ書いて、漫画評論風に書き込んでいけるんだけども、それだと論文書く仕事してるみたいになって、本人が楽しくないから、テキトーにあれこれ入れて、趣味で文章書いて楽しんでます、みたいなブログです。これがストレス解消になっているのかどうか知らないけれど、いろいろ書いて行ってると昔の事も思い出して楽しい気分にもなれるし、まあ、趣味でだらだら書いて行っています。はい。

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