Kenの漫画読み日記。

餅賢次の新旧漫画情報と懐古(郷愁)他雑感

汎多重恋愛

mochi-kenji

 

○恋人がいるのに他の人とどこまでしちゃった?



 

      どんなに愛し合っていても、ほんの少しの考え方の違いで


理解できなくなるのが男と女というもの。


   恋人にナイショの“秘めごと”って、ありますか?


今回のテーマは、「恋人がいるのに他の人とどこまでしちゃった?」。


結果は、なんと! 半数以上の57%もの男女が


恋人がいるにも関わらず、恋人以外の異性と「デート以上」をしていることが発覚!


逆に「何もしない」を選んだ男女は、全体の半分以下でした。


  さらに、「恋人が異性と手をつないで歩いていたら、あなたはどうする?」


という質問をしたところ、デート以上を経験している人でも、


恋人の浮気には気分を害する傾向が。


それでは、詳しく見ていきましょう。


恋人がいるのに他の人とどこまでしちゃった?


  自分の浮気は許せても、恋人の浮気は許せない!


  自分は恋人以外の人とデートやキス、Hまでを経験しているのに、


パートナーの浮気は許せない!! という人が9割も。


  その9割の人たちを細かく見てみると、


恋人以外の人との“しちゃった”経験によって


「恋人が異性と手をつないで歩いていたら、あなたはどうする?」


に対する答えに違いがありました。


「H」しちゃった人は、泣いたり怒ったり、殴ったり…と非常に感情的になりやすく、


「キス」しちゃった人は、ことを荒立てず静かに怒ったり悲しくなったり。


「デート」しちゃった人たちは、直接パートナーに事情を聞く人が多いようです。


















 

 

 自由恋愛の世の中だけど、現代人が、それ程、精神的に成熟しているとは思えない。決して思えない。どちらかというと、未成熟に、いつまでも子供だと思える。


 自分がやることは相手がやっても許さなければいけない。それが、自分はするが相手がやれば激怒する。これでは成立しない。これは未成熟な子供だ。


 結局、現代の自由恋愛は精神的成熟と理解が着いて行ってないから、しょせんお互いに隠れて嘘をつく、というニセモノなのだ。だまし合ってるだけだ。


 でも、恋愛なんて昔からよく、キツネとタヌキの化かし合い、と言うから、その程度のものなのかも知れないね。表向きの真剣な顔と、腹の中の舌を出してベーッって、やってる顔はみんな違うのだ。その、腹の中の顔が表面に出てしまったとき、恋愛の半分は壊れるのだろうが、まあ、しょせん恋なんだし、人間としてはお互いに許すのだろう。


 もっともっと進化して、恋愛の心の部分と、SEXの肉体的快楽はベツモノと、完全に分けて考えられるようになれば、多重な自由恋愛が成立する世の中になる。だけど、もともと、種族保存繁栄の生殖から発展して行った人間の恋愛は、まだまだ恋愛とSEXは同じ一つの中にある、と考える。恋愛の中にSEXがあるという考え方が強い。それは人間の歴史であり文化であり、恋愛や性の倫理観、主に宗教的倫理観だ。宗教というのは原始的には社会秩序だからね。


 精神的に成熟していない多くの人間は、多重恋愛を敢行した場合、片方は裏切られたと考え、激怒して感情的になり、ときに暴力や殺人にまでなることがある。信頼性の問題だ。


 浮気という裏切りで、信頼関係にひびが入る。


 しかし、スワッピングということをやっている人たちが居るもんなあ。あれはどうなんだろう?精神的な信頼関係が崩れないのか?もともと虚無的な人たちなのか?完璧に、精神的な関係と肉体的な快楽は別、と考えることが出来ているのか?慢性的倦怠期で形式だけの夫婦、というのもあるのかも知れないけど。それにしても普通はものすごく嫌ですよねえ。


 納得した割り切りの乱交、というのは、人間の性の形態としては進んでいるのか?


 もうこうなって来ると、文学的なテーマになって来るなあ。


 昔の色街の、決して抜けれない娼婦の純愛、みたいな関係もあるよなあ。


 しかし、情欲とは、相手に対する好意の大きさ、というか、精神的な信頼感、心の愛情の強さで、SEXの快楽度は違うと言うし。つまり、一番大好きな相手にはより感じる、という、精神的高揚と肉体の感度はつながっているもの、というのがあるだろうし。でも、ま、性的な感度というのは、変態プレイに感じる人たちというケースもある訳だし、中には浮気だの不倫だののスリリングさに燃える、なんて人たちも居るだろうし。テクニックの問題、というのもあるかも知れない。人間には個性があるからなあ。


 こうやって考えると、性の問題って難しいもんだなあ。


 自由恋愛の世の中で、一般人がみんな、自由にイロイロな性を体験したい、自由にイロイロな快楽が欲しい、と思ったとき、対立する、昔ながらの純愛という、ものがあり、多重自由恋愛を邪魔をする。人間は、昔々から、一夫一婦制が社会秩序なのだ。


 男女の性差というものがあるんですよねえ。男は裏切りを受けると女に暴力をふるうから、体力的に劣る女は我慢をし、長らく男尊女卑的な社会が続いた。勿論、性差は何面にでもある。


 現代は女性の浮気や多重恋愛も増加して行っているからなあ。


 でも自由恋愛の世の中を成立させるには、基本的に、プレイSEXと生殖行為を分けなきゃいけない。受精・妊娠をベツモノにしなければいけない。


 現代の先進国の若者男子たちはどんどん精子の数が減って行っていて、生殖能力がなくなって来ているのだという。時代の流れと共にかなり速いスピードで、生まれ来る若者男子の精液中の精子数が(加速度的に)減少化している、というのはデータ的な事実だ。このままでは通常のSEX行為では受精能力がなく、子供は作れなくなる。


(※僕らが子供の頃、よく一度の精液中に1億匹の精子が居る、と話していたけど、だいたい8千個以上くらい居るものが普通らしいが、近年、ヨーロッパなど先進諸国で生まれ来る、若い世代の男子の精子数がどんどん減って来ている。4000個で危険水準、2000個以下になると完全に自然受精能力はない。この4000個以下の若者男子が生まれ来ていて、年々増加傾向にあり、中には2000個以下の少年も居て、その数も増えている。・・・)←『…千万個ですね』。



 また一方ではシングルマザーを選ぶ女性も増えている。精子バンクという施設があり、良好優秀な精子が貯蔵されている。女性は体外受精して子供を作る。


 未来は、子供はほとんどが体外受精で作るようになるかも知れない。そうなると女権社会化して行きそう。


 こういうことを考えると、時代の流れは、精神的愛情と快楽的SEXはベツモノに別れて行っているのではないか。自由恋愛の世の中になって行っているような気がして来た。多重自由恋愛が可の社会。宗教関係者は世界が退廃する、と大いに嘆くだろうけど。何だっけ、ソドム(?)。


 やっぱり恋愛って、人間の問題だけに難しいですねえ。人間は混沌みたいなものだから。恋の話なんて真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しいのかも知れないね。


 自分がする分はいいけど、相手がするのには激怒して絶対に許さない、というのはおかしい。成立しない。たんなる自分勝手なワガママだ。要するに現代人はイイトシになっても子供のままなのだ。精神的成熟には程遠く、このまま多重自由恋愛が進行して行けば、暴力事件は頻発し、殺人も増えるだろう。感情は両刃の剣。合理的に考えると、感情は未来的には余計なものかも知れない、という考え方はニヒリズムに行っちゃいそうだね。