「ナンでもやります!」




「リルラ・リルハ」とはどういう意味なんだろう?今のボーダフォンのCM曲のこのタイトル曲は良い曲だと思うし、好きな曲調ですが、歌詞の中にも出て来ますが、意味がまるで解りません。もっともこの、木村カエラさんのヒット曲の歌詞を、通して読んだ事が無いから、解らないのも当然ですけど。今流行の若手お笑いの人気者の一人、長井秀和さんが人気アイドル歌手木村カエラを斬っていましたが、この「リルラ・リルハ」のタイトルを訳解らんと締めてました。木村カエラさんは雑誌セブンティーンの専属モデルを経て、作詞とギタープレイをやる、20歳になったばかりくらいの、新進のアイドル歌手なんですねえ。何かの雑誌に「女子高生のカリスマ」とありました。この人の前ヒット曲「ハピネス!」という曲もビートが効いたなかなか良い曲です。僕はどっちかというとこの「ハピネス!」の方が好きかな。どっちも良いですが。「hapiness!!!」の意味は何となく解りますけど、勿論単語の意味だけでなく、若い娘の!が3つも付いちゃう幸せ、を歌っている、只今人生絶好調!みたいな歌なんだろうなあ、という歌詞の意味の予想がタイトルから何か解った気持ちになっちゃう、て事ですが、「リルラ・リルハ」は解らんし、その前々の彼女の曲「レベル42」というタイトルも解らん。「レベル42」なんて聞くと、昔の欧米SFの名作に「レベル17」というのがあったのを思い出すが、彼女がそれを読んで触発されて、この曲の歌詞を書いたんだろうか?なんて想像してしまう。ちなみにワタシは確か60年代米SF小説の名作「レベル17」は読んだ事ありません。確か女性作家じゃなかったっけかなあ?違ったか。あらすじは何かで読んでるが忘れた。それとも「レベル42」とは、彼女の学生時代に学業成績が悪くて偏差値レベルが42くらいでした、という歌なんだろうか。こんな事書いてると木村カエラファンに切り刻まれてしまうぞ!気をつけよう。全国の木村カエラファンの皆様御免なさい。

「レベル42」とは、体温計の事かな?とか考えました。体温計の最高目盛りが摂氏42度だから。違うか?やっぱし。人間の体温の限界出して情熱してる、みたいな歌かな?とか。違うか。「レベル17」なんて小説はありません。どーも何か違うな、と思っていたんですが、サミュエルRディレニーという欧米の黒人作家のSF名作「バベル‐17」という小説を、題名かん違いして覚えてました。60年代末頃のSF作品ですね。読んだ事、ないんですけど、タイトル間違って憶えていた。正しくは「バベル‐17」です。読んでみたいな、とは思っていた海外SFですが、とうとう読まずじまい。海外SFの世界って、ワンダーな夢空間で不思議に楽しく、知的に刺激されるんですが、僕みたいにあんましアタマよろしくないと、読んで行くのってけっこう大変ですからね。でも海外SFの名作って読み上げたら、なかなか良いものですよ。何だか充実した面白さが残ります。でも僕程度の脳味噌だとけっこう大変ですけど。ああっ、良質な脳味噌が欲しかった!昔から。


長井秀和さんや代田ヒカルさんに、「残念!」がめっちゃ流行語のギター侍こと波多陽区さんとか、芸能人著名人をネタにして、ひとつの話題からオチを着けて笑いを誘うという、話芸的な芸風で流行お笑いシーンで今活躍している芸人さんはけっこう出てますね。また、こういう芸風で、芸能人著名人の話題をネタにしてオチで笑いを取る事を、ギター侍こと波多陽区の芸風から、今は一般に「斬る」というみたいですね。だからまあ、「週刊文春」「週刊新潮」「女性セブン」「週刊女性」「フライデー」なんて雑誌はそれこそ斬り刻んで生き残り続けている雑誌な訳ですが。まあ皆、芸能人のゴシップ記事は好きですからねえ。僕もよく話題にするし、簡単なコミュニュケ取る時の手頃な話題でしょう。誰も皆、有名人の良い話題よりも悪い話題の方が、話していて楽しいし。あれって、皆、なあーんだ有名人も俺達(あたし達)と変わんないじゃーん、て安心すんのかな?

でもまあ、木村カエラさんも可愛いですね。アイドル達はどんどん早い間で世代交代して行きますね。スター稼業もやってみれば大変なものでしょうからね。何かの本に書いていましたが、貧乏人が1万円で買い物した幸福感は金持ちが1万円使っても味わえないという事で、金持ちかそうでないかだけで、人々の幸福度は計れないという事でした。価値観も幸福感もそれぞれ皆違うものでしょうからね。仕事にしろライフスタイルにしろいろいろな形があるし。好きな事が仕事になってる人って幸福なんだろうな、とも思うし、趣味が仕事になると苦痛になるという話も聞く。いろいろあらあーな、という事なんでしょうか。答えが出ませんが。今はよく、自分の好きな事を仕事にすればいい、って言いますが、百万種類の仕事があり、そのどれもが誰かがやらなくちゃ世の中が成り立って行かない、って事もあるでしょうからね。皆が皆、自分の好きな事だけやってればイイという訳にはいかない。仮に好きな事が仕事に出来たとしても、飽きてくる事も、壁にぶち当たる事も、逃げたくなる事も、失敗もあるでしょうから、単純に好きな事が仕事で幸福だと決め付けられはしませんね。人の人生はそれぞれあり、単純に割り切れるものでなく、みな混沌ですね。

ちょっと前の新聞の一つの記事に、パラサイトシングルを憂いている記事が載っていました。一例で、資産家の60代女性の財産を食い潰す一人娘の話が書いていて、仕事が長続きしない娘は、職を探して来ても、合わない、と数ヶ月で辞めてしまう。そしてその度に次へのステップへの為と、海外留学や専門学校へと行き、親の金を使いまくる。親は、子供に夢を叶えさせてやる為ならばと、正に親バカ根性で老後の為のお金を使って行く。パラサイトシングルの一例です。他にも沢山のパラサイトシングルのケースがある。男性の場合はもっと深刻でしょう。働かない息子を食べさせている親も、やがては年老いてくるものですから。その先には介護のいる高齢になった親という現実も待つ。近頃よく聞くニートという言葉は、若年無業者の事なんですねえ。

この記事の結びに、よく両親が「やりたい事を見つけなさい」と言うが、「やりたい事重視」の子育てが、夢と現実のギャップを拡大し、なかなか仕事に就く事の出来ない若者を生み出している、とあります。僕はこういう「やりたい事重視」の教育を良いものだと思っていましたが、何にでも弊害はあるものなんですねえ。なる程、世の中は何処へ行っても競争社会です。見つけたやりたい事の世界にも競争がある。勝者がいれば敗者がいるものでしょうから、必ず落ちこぼれが出るものでしょう。やりたい事の世界で何の理由にせよ、自分の描いていたものと違うと、諦めて出てしまい、また安易にやりたい事を見つけて来る。その繰り返しというのも多いのかも。昔の貧しい時代では、とにかく食べなければいけないと、何でもいいから働いたものなんでしょうから、今のかなり余裕の出来た時代の人達とは、一般に仕事に対するスタンスがかなり違うのでしょうね。一概には言えませんけどね。無論、今の雇用環境のひどく悪い就職難時代に必死で仕事探す人達も沢山いらっしゃるでしょう。


という訳で今回の漫画は、国友やすゆきさんの漫画作品、「Every&All‐OK‥ナンでもやります」。これは、小学館のビグコミスペリオールに95年から97年くらいに掛けて連載された、いわば生活コミックというか、サブタイに小さくローマ字で「東京便利屋物語」とありますが、都会で暮らす庶民の一喜一憂や情熱や感動を描いたユーモア生活コミックです。こういうのは、ホームドラマ的ですが、ホームドラマとは言わないのでしょうね。都会の庶民達の生活コミック。何だか、TVドラマにすれば当たりそうな感じの、身近な人情ドラマのコミックです。作者、国友やすゆきさんは絵がとてもうまいし、リアリティーのあるギャグが適当に効いてて、テンポ良くコミカルにお話が進みます。絵柄とストーリーが合ってて、思わず「うまい!」と言いたくなる漫画です。良い漫画ですね。
零細便利屋をやっている社長、松田猛は「どんな些細な依頼にも応じる生活の潤滑油のような仕事の便利屋」の職業に誇りを持っている27歳の若者。就職難の、有名大学を出たばかりの二之宮祥子は不本意ながらも、同じ零細会社で主に経理をこなして、専務として松田猛をバックアップしている23歳の気丈な娘。しばらくはこの零細会社の便利屋は社員はこの二人だけである。後には三人になるけれども、この零細便利屋が主に社会の底辺の仕事を、掃除から引越しから家事請負からその他いろんな体力仕事をこなして行く。もうひとつのセリフに「この街は困った時助けて欲しい時、気軽に相談出来る便利屋を必要としている」というのがあります。
つまり便利屋とは職業ですが、中身の仕事は各種さまざまなんですね。それも生活に密着した底辺の体力仕事が多い。その、相手によるいろいろな依頼の仕事をこなす事に、便利屋として誇りと喜び、やりがいを主人公らは持っている。ここですね。実世間の一般の人々が仕事に抱く、特に今の若者達が抱くという、自分がやりたい職種、あるいは好きな職種、という考え方との違いです。自分がしたい仕事や好きな仕事というのは、自分の気持ちだけしか考えていない。しかし、この便利屋松田猛の考え方は、自分の周囲の多くの人達の事を考えて、その人達の為にやる仕事で、それで得たお金で自分は生活して行こうとしている。そしてそれが、やりがい生きがいになっている。仕事というものに対して、自分の好き嫌いだけであたるか、社会性を考えてやっているか、という事なんですね。仕事とはやはり、社会あってのものですからね。


漫画「ナンでもやります」は良いお話です。大手スーパーのチェーンを経営する実兄との考え方の違いと対峙。いろいろな悩みを抱えた多彩な登場人物たち。庶民の生活感動コミックです。読んでみて下さい。面白いですよ。
先程の話に戻りますが、「やりたい仕事を見つけなさい」と親達から教育されて、少年少女時代からやりたい事を決めて目標立て、それに向かって努力もし、やってきて成人したが目標にしたやりたい事のワクが狭くて、自分はふるい落とされてしまった。そして次のやりたい事がなかなか見つからず、目標も立たないし、少年時代から長い時間掛けて来た事がポシャッタら、次の事に掛ける時間も無さ過ぎる。取り合えず親に経済的余裕がある内は食べさせてもらっとこう…。てな事でしょうね。世の中には理不尽な事も沢山あり、努力すれば確実に報われるものでもない。という現実。エリートという人がいるからこそ中間も落ちこぼれもいる。運が悪くて落ちこぼれる人達もいる。答えが出ませんね。人生というヤツは。


「自分のやりたい事を探して見つけなさい」と人生の仕事の選び方を教えるよりも、大切な事は大人になったら一人で生きて行けるようにしてやる事だと思います。僕はそれが一番大事な教育のように思うなあ。一人で充分、この世の中を社会を渡って普通に生きて行ける事。これが出来ればもう愛息愛娘には、何にもいらないんじゃないかい、と思えるけど。
それで、漫画「ナンでもやります」の作者、国友やすゆきさんですが、絵がうまくて漫画家になってストーリーも自分で考えてるくらいだから、多分この人は、なりたい職業というか、やりたい仕事は漫画家だったんだろうなあ、そしていわゆる勝ち組で成功し、職業プロ漫画家でそれなりに儲けているんだろうなあ、と僕は思います。イイなあ…。

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