Kenの漫画読み日記。

餅賢次の新旧漫画情報と懐古(郷愁)他雑感

子連れ無理心中

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○孫娘殺し自殺未遂 祖父逮捕「生活苦から、死ぬつもりだった」


 

    警視庁町田署は15日、同居する孫の首を絞めて殺害したとして、殺人容疑で東京都町田市木曽東、無職太田嘉行容疑者(66)を逮捕した。

 逮捕容疑は14日午前7時ごろ、自宅で寝ていた小学3年の孫優花さん(9)の首を布団の上から絞め殺害した疑い。「生活苦が原因。自分も死ぬつもりだった」と供述しており、町田署が詳しい動機を調べている。

 町田署によると、太田容疑者は優花さんの父親である次男と優花さんの3人暮らし。15日朝、仕事から帰宅した次男が、布団の上にパジャマ姿で倒れている優花さんに気付き110番した。

 駆けつけた署員が、階段付近で首をつろうとしていた太田容疑者を取り押さえた。太田容疑者の首や手首には切り傷があり、病院に搬送されたが、命に別条はない。

 近所の無職の男性(72)は「13日にも町内会のイベントに2人で来ていて楽しそうだったのに」と話した。



 

○東京・町田市9歳女児殺害 逮捕の祖父「自分も死ぬつもりだった」


 

  東京・町田市で、9歳の孫の首を絞めて殺害したとして、66歳の祖父が警視庁に逮捕された。


殺人の疑いで逮捕された町田市の無職・太田嘉行容疑者(66)は、14日午前7時ごろ、自宅2階の寝室で寝ていた、孫で小学校3年生の優花さん(9)の首を絞めて殺害した疑いが持たれている。


太田容疑者は優花さんを殺害したあと、手首などを切り、首をつって自殺を図ろうとしたところを発見され、病院で治療を受けていた。


太田容疑者は、調べに対して「生活が苦しく、寝ている孫の首を両手で絞めて殺しました。孫を殺したあと、自分も死ぬつもりでした」などと、容疑を認めているという。


太田容疑者と優花さんは、日ごろから一緒に遊ぶ姿などが目撃されていて、警視庁はくわしい動機を追及する方針。






 












 

 こういう事件でいつも思うのは、子供は子供で、生まれた時からもう既に一個の人格であり、無論、人権も持っていれば未来も、自分のものとして、確実に持っているというコトなのである。だから、それを他の大人が奪う権利などないのだ。例え、親でも祖父母でも保護者でも一緒に暮らす大人でも。子供の命は奪っては、絶対にいけない。そして、やはり社会の不備。親が祖父母が保護者が、人生で失敗して、例えば多額の借金を抱えて絶望して、もう自分が死のう、と思った時に、「この子が一人で生きて行くのは、この先あまりにも苦難が多いから‥」「この社会に、幼いのに、この子一人だけ残すのは、あまりにも可哀相だから‥」と、子供を道連れしなければいけないような社会では駄目なのだ。絶望者が自分が扶養している子供を安心してこの世に残して、自分だけが死ねる‥、という、そういう社会でないといけないのだ。変な言い方だけど、大人がもうある程度生きて来て、これから先、人生の修復困難過ぎて、この先生きて行くの無理、と絶望して、大人が自分で勝手に死んで行くのは、まあ、良くはないけど、分別と社会性と常識感持った『大人』の決断だろう。だが、子供は未熟だし、子供には未来があり、無限の可能性だってある。それを僅か数年から十年ちょっと生きたくらいで奪われてたまるものか。冗談じゃない。子供には固有の人生がある。絶望した大人が死を選択した時、子供は残して子供固有の人生を歩ませてあげないといけない。いったい誰が、その子の将来が「不幸」だって解るのだ。人間が持つ幸福感なんてみんな、各々違うものだろう。金があってたらふく美味しい物が食べれるから、それだけで絶対幸福とは限らないだろう。ひょっとしたら僻地で難民をサポートすることや、あるいは戦場の情報をレポートや撮影することに、使命感のようなものを持ち、そういう生き方がある種、幸福だと思っている人だって、少数派かも知れないが居るだろうし。今から死のうと思う大人が、この子がこの先一人で人生を行きぬくのは不幸だ、と決め付けるのはあまりにも勝手過ぎる。人生には挑戦の面白さもあるし、何かを目指して努力する高揚感もある。それらは幸福と類似している。この先の人生で出会う人間たち。どんな恋人や伴侶と巡り合うか、何も恋愛だけとは限らない、尊敬する師や、かけがえのない友情。仕事や社会的義務だってそうだ。何も、親の庇護のもと何不自由なく何の心配もせずに、ぬくぬく生きることだけが幸せとは限らない。孤児から偉人が生まれた例だって、世界の歴史の中にはいっぱいある筈。だから、要は社会のシステムです。絶望者が我が子を安心して残して、自分だけ勝手に死んで行ける社会環境。つまり孤児の手厚いケア。要するに、そこで格差が生まれては駄目なんです。孤児になった時点で、その先の人生がある程度決まってしまう社会じゃ駄目だということです。チャンスは誰にでもある社会。そして例え途中で転んでも、また再起が可能な社会。これは親が失敗して例えば破産とかしても、例え孤児になっても、その先は、チャンスは平等にある社会。孤児になったからお金がないから勉強したくても何かの能力・技術を着けたくても、その先の学校に行けない、これでは駄目なんです。子供は未熟で、決して一人では生きてはいけません。あたりまえです。だから子供が自分自身で生きて行けるまで、大人になるまでの、社会のサポートです。これの充実が絶対に必要です。絶望した大人が安心して我が子を残して、一人で勝手に死んで行ける社会。これを切に望みます。どの子供にも、平等にチャンスを与える社会システム。子供には、出来る限りスタートラインは平等な社会システム。