いとし・こいし漫才



肺がんのため、1月23日に83歳で亡くなった兄弟漫才コンビ「夢路いとし・喜味こいし」の弟・こいし(本名・篠原勲)さんの葬儀・告別式が27日、大阪・阿倍野区内で営まれ、約450人が参列した。
「子どもから大人まで誰にでも分かる笑いを提供し、喜びを奏でたプロ」との意味を込め、戒名は「慈笑院喜楽玄勲居士」(じしょういんきがくげんくんこじ)。棺には生前のこいしさんの「向こう(天国)でも漫才やりたいから」との希望で、兄・いとしさんの葬儀で棺に入れたものとそろいのスーツ、たばこなどが納められた。
弔辞では70年以上の親交があった、かしまし娘の三女・正司花江(74)が「兄ちゃん、長い間お疲れさん」と声を掛け、西川きよし(64)も「先生と交通巡査の名作漫才をやらせてもらったことが忘れられない」と声を詰まらせた。

僕がものごころ着いた時にはもうTVはあって、勿論モノクロでまだまだTV黎明期だったと言っていいだろう。自然にTV大好きだった僕が子供の頃、少年期、馴れ親しんだ、あのモノクロ時代のTVに登場していたドラマやコメディー・お笑いのヒーローたちが、あの昭和のTV初期の画面の中で活躍していたスターたちが、どんどん現世を退場して行く。もう大半は去って行ってしまったなあ。昭和を作った人たちはかなりの人が現世から飛び立って行ってしまっている。子供の頃、TVで慣れ親しんだTVの中のヒーローたち、それはお笑いも含めて全部、楽しませてくれたスターたちが、一人、また一人と、遠い世界へ旅立ってしまった、という報道を聞くたびに、何だか胸にポカンと一つ穴が開いたように寂しい思いが去来するが、最近は、何か、「しょせん人間は滅びてしまうんだなあ」と虚しさを感じながら、思う。
子供の頃、夢路いとし・喜味こいしさん兄弟の漫才は大好きだった。TVの演芸番組でいつも爆笑していた。思い出すなあ、「スチャラカ社員」。「スチャラカ社員」の出演者はほとんどがもう居ないだろう。藤田まことさんがあの中で一番若かったくらいだから。いとし・こいしさんは「てなもんや三度笠」のゲスト出演とかもしていたなあ。懐かしい。楽しかったなあ、あの時代のTVは。モノクロで、TV画面もまだ小さかったけど。
人間は必ず滅んで行く‥。寂しいね。


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