
今回も 古い漫画なんですが、それもおっそろしく古い漫画です。でも、けっこう有名な漫画作品です。今の若い人たちは、このヒーローの、名前くらいは知っているんでしょうか?若い人たち、といっても幅が広い訳ですが、そうですね、今の40代以前の世代、30歳台から下の、若い世代の人たちが、いったいどのくらい、このヒーローの名前くらいを知っているのか?興味、ありますね。生みの親の川内康範さんは、最近、演歌の名曲「おふくろさん」騒動で、ワイドショー等で有名になりましたけど。作詞者の川内康範さんに無断で、歌手の森進一さんが勝手に、歌詞のアタマに詩句をくっつけて歌っていた、ということが騒動の発端でしたが、一時は随分、ワイドショー番組を賑わせていましたねえ。でも元々、作家で作詞家の川内康範さんは有名な人ですけど。戦後の、映画や、黎明期のTV番組も含み、日本エンタティンメント界に於いてマルチに活躍された作家さんですね。でも何といっても、川内康範の代名詞といえば、これでしょう、月光仮面。月よりの使者、月光菩薩の化身、正義の味方、「月光仮面」。おそらくは日本TV界、初めてのスーパーヒーローだと思います。映画の「スーパージャイアンツ」と、どっちが先なんだろう?確か、スーパージャイアンツというヒーローは、アメリカのスーパーマンの兄弟という設定でした。でも多分、日本TVドラマでは、月光仮面が一番、最初のヒーローですよね。今回、タイトルを、こんな古い漫画作品にするつもりはなかったんですけど、このごろは新しい漫画も、僕もけっこう読んでるんですけど、下記文章群の流れから、ついつい、ものすごく古い漫画作品「月光仮面」になってしまった。という訳で、下記の長い長い文章が先に書かれた文で、途中には今年3月末くらいに書かれた文も挟んでいます。

最近、亡くなられた方でいうと、先ずはVIPで、宮澤喜一(07年6月没・享年87)元首相が上げられる。正直いうと、僕はあまり政治に興味がなかった。恥ずかしい話だが、若い時分から政治にはほとんど無関心だった、といってもいいくらいだ。いえ、でも選挙はけっこう行ってますよ。行かなかった選挙も多かったのは事実だけど‥。だから本当のコトをいうと、政治や政治家には詳しくない。情けないコトなのですが。でも歴代首相くらいはフルネームでは知らないけど、だいたい顔と名字くらいは、まあま、憶えている。僕は、宮澤喜一さんという政治家は、キャラクター的に、好きな方の政治家でした。田中角栄さんとか中曽根さんとか、小泉さんとかという人たちにに比べると、タイプ的には好きな政治家でしたね。ずばぬけた経済通で、繊細でナーバスな、インテリタイプの知性派。自らの東大卒のインテリ性から、学歴偏重が激しかったとか、酒ぐせが悪かったとか、生前には、まあ、ネガティブな噂もあったようですけど。この方も、日本政界史に残る宰相の一人でしょう。って、本当に、僕、情けないコトに、政治や政治家には、全然詳しくないんですけどね。はい、平たく、まあ、知らん、と。だから本当のコトいうと、宮澤元首相についても、よくは知りません。あとね、ついこの間、思い出に残る俳優さんが亡くなりました。名脇役の評価も高きコメディアン、谷幹一(07年6月没・享年74)さん。僕には、懐かしい役者さんだったなあ。

谷幹一さんは、僕が子供の頃のTVドラマによく出ていました。コメディドラマよりも、僕が憶えているのは、どちらかというと、苦労話の人情ものとかの、ちょっと愉快な脇役、ですかね。確かに名脇役だったのだと思います。日本TV界黎明期の、おそらくはTV最初のヒーローもの、「月光仮面」の間抜けで愉快な脇役で出ていたらしいんですが、僕は幼少時、この「月光仮面」の再放送を見てるんですけど、全く憶えていません。僕は幼少期、「月光仮面」「七色仮面」「ナショナルキッド」といった、日本TV界最初期のヒーローものドラマを再放送で見ています。すごく中途半端な終わり方の実写版「鉄人28号」もこの時期、再放送で見ています。そういえば、「海底人8823」というのも再放送でこの時期だな。谷幹一さんで記憶に印象的だったドラマは、それでもあやふやな記憶しかないんですが、名脇役だった谷幹一さんが主演した、確か時代劇もので、多分、幕末から明治初期の背景だったように思う、渡世人姿の谷幹一さん扮する主人公が、旅を続けて行きながら、いろいろな苦労人たちとふれ合う、笑い有りの人情ドラマだったと記憶しているのだが、そういうドラマが毎週30分ワクで、夜の9時とか9時半からやってたように思う。このドラマの主題歌を、谷幹一さん自らが歌っていたのだが、確か、雑草は踏まれても、負けずに伸びて行く、というような歌詞だったように、ちょっと印象深く記憶する。後は、とにかく数多くのドラマで、イイ味付けの、ちょっととぼけた愉快なキャラの脇役だった、と印象的に憶えている。懐かしいな。無論、僕は、谷幹一さんが浅草芸人出身で、渥美清さんや関敬六さんとは、スリーポケッツというトリオを組んでいた程、昔から親交が深かった仲間だったとは、全く知らなかった。渥美清さんを、TVドラマの世界に推薦紹介したのも、谷幹一さんだったらしい。

さて、話は少し前に、時間的に戻ってしまうが、最近、亡くなられた有名人というと、ZARD=坂井泉水(07年5月没・享年40)さんもそうなのだが、僕に取って、思い出深いということでいえば、子供の頃よく見ていたTV番組で、慣れ親しんでいたイメージで、横山ノック(07年5月没・享年76)さんと石立鉄男(07年6月没・享年66)さんが印象が大きい。横山ノックさんは、勿論、政治家になる前の、漫才のコミックトリオだった時期で、僕が小学生の頃だ。石立鉄男さんは、多分僕はもう中学生で、「奥様は18歳」という人気ドラマで、だ。横山ノックさんは大阪府知事を辞める際はいろいろとあったが、漫才トリオの頃は本当に、爆笑ものでおかしかった。僕が小学生低学年、もっと前から、日曜正午に、「大正テレビ寄席」という大正製薬提供の、落語や漫才のお笑い番組がやっていた。司会は、ウクレレ漫談の牧伸二さん。僕はもう、小学生低学年の頃から、この当時のお笑いが大好きで、この「大正テレビ寄席」を毎週欠かさず見ていた。横山ノックさんがリーダーの漫画トリオは、毎週常連のように出演していて、人気が高かった。また面白おかしかった。漫談の最後に必ずやるお約束の、横山ノックさんのタコ真似は毎回爆笑した。当時はまだ縁日などであった見世物小屋の、毒々しくも珍しい変なモノのパロディーで、今だったらイロイロと問題になり表立って出来ないような、見せ物パロディーのタコ真似芸だ。僕は、どういう訳か、当時から、漫画トリオの3人では、面白いのは横山ノックだが、横山パンチ(後の上岡龍太郎)が好きだった。調べると、横山ノックさんが参議院議員に立候補して当選し、漫画トリオを解散したのは1968年なんですね。上岡龍太郎さんが、東京進出してブレイクするのは1990年代ですね。

一方の石立鉄男さんは、僕の印象は「奥様は18歳」の印象のみで、勿論、人気俳優の石立鉄男さんは他にもいろいろなTVドラマに出演して、活躍しているのだが、僕の思い出では記憶にはっきり残るのは、やはり「奥様は18歳」だ。ラブコメ「奥様は18歳」のヒロインは、当時の大人気美少女ティーンアイドル、岡崎由紀さん。学校では、ドラマも岡崎由紀さんも本当にすごい人気があった。中学生の同級生が何人も、定期券入れの中に、アイドル岡崎由紀の、ブロマイド写真を入れていたのを思い出す。調べてみたが、この学園ラブコメ「奥様は18歳」は、1970年から71年、調度1年間、放映されていたんですね。この後番組に、同じく岡崎由紀さん主演の青春コメディ「なんたって18歳」という、岡崎由紀さんが新米バスガイドとして奮闘するドラマがやってますが、それには石立鉄男さんは出てはいません。「奥様は18歳」の劇中では、石立鉄男さんは、ヒロイン岡崎由紀さんが通う高校の教師であり、ひたすら隠し続ける真実は、ヒロインとはちゃんとした夫婦である。そういう設定のドタバタ恋愛コメディ。面白い人気ドラマでした。「なんたって18歳」はヒロインがバスガイドだったことくらいしか、あんまり印象がないなあ。石立鉄男さんも、この後もいろいろなドラマに出演していて、TV画面ではチラリホラリ見ているのだが、これという番組のはっきりした記憶が無い。僕は、70年代半ばに入ると、それから十年間はほとんどTV見てないからなあ。石立鉄男さんは、僕には、ホームコメディのような、コメディタッチのドラマで存在感を出した、名優さんという印象が強いなあ。

余談だが、「奥様は18歳」というドラマは、当時の少女誌の連載漫画が原作だったように思う。石立鉄男さんはキャラクター的に好きな俳優さんでしたねえ。石立鉄男さんは、多分、出演経験はあるんだろうけど、僕には、劇場映画では全く記憶が無い。石立鉄男さんは確か、刑事ドラマとか、今や格付けメンバーの帝王、杉田かおるさんの子役時代のドラマとかに出てるんですよね。僕は見たこと無いんですけど。話を横山ノックさんに戻すと、強制わいせつ罪で起訴されてからは、大阪府知事を辞職に追い込まれ、その後の晩年は寂しいものだったように映りますが、僕は、当時、あの事件は、『公』が、一介の漫才師・横山ノックに、大日本国の中の二番目の(重要な)大都市・大阪の首長・府知事を、いつまでもやらせておいてはいかん!ということで、刺客が放たれ、オオアマであったノック知事が、単純なトラップに引っ掛かってしまったのだ、と思っていました。今でも何かそう思えてしまう。『公』とは国でも府でも公的機関でもいいんですけど。刺客は、単なる、選挙運動のアルバイト女子大生です、けど。結局、強制ワイセツ罪で、懲役1年6月、執行猶予3年の判決でしたけど。けっこう重かったんですね。実際、懲役刑で刑務所に服役してたんでしょうか?(執行猶予付きだから服役はしてないか)。でもやっぱ、政治家って、それなりの知性が窺えないと、政治家になってもらっても頼りなくて、ね。特に重要なポストに着くような政治家は、あの人アタマが良いよなあ~、って感心するくらいの知性が見えてないと、やっぱり駄目ですよ。政治家になろうというんなら、多分、ものすごくアタマを使う仕事でしょうから、ある一定の、高水準レベルの知性はクリアしていないと。勿論、誠実さとか精神力、行動力、人間性、いろいろとあるでしょうけど、特に国会議員とか知事だとかは、誰もが認める水準のアタマの良さがないと駄目だと思います。そりゃあ、親分肌で、名参謀を持っている、とかいうケースだってあるのかも知れませんけど。


さてさて、話はだいぶ前に、時間的に戻ってしまうのだが、作家の城山三郎(07年3月没・享年79)さんが、22日に亡くなられたことを受けて、新聞の、すぐのコラムに小さくエピソードが語られていた。紫綬褒章を拒んでいたそうである。その理由を、自分の奥さんに話した時、志願して海軍に入り、そこで、朝から夜まで一日中殴られづくめの毎日に、絶望を味わった城山三郎さんは、俺には国家というものが最後のところで信じきれない、少年兵のとき俺は‥、と言って絶句したそうである。また奥さんにはこうも語ったそうである。読者とおまえと子供たち、それこそが俺の勲章だ。それ以上のもの、おれには要らんのだ、と。良い話だと思う。良い話だけど、複雑だ。終戦を迎えた人たちというのは、何が何だか解らなかったろう。特に思春期や青春期に居た人たち。国家が言っていたことが、180度ガラリと変わる。終戦時、国家に裏切られたと思った人たちもいっぱい居たろう。神の国だと頑なに教えられて来た日本が、無残に敗戦して、郷土は焼け野原の惨状で、敵国兵が闊歩して、神の国の民は隠れるようにして震えて居なければならない。思想は全く変わってしまった。今までは何だったんだ!?それだけである。また、軍国教育を受け、神の国、日本を信じて、軍隊に入った少年たちは、太平洋戦争末期の理不尽で非合理的で荒廃した軍隊の中で、希望が無残に砕け散ったことだったんだろう。無論、戦争が終わって十年以上過ぎて、生まれて来た僕らには解る訳もない。僕は、太平洋戦争も、終戦時の焼け跡の貧苦も、外地引き揚げも、何かの読物で読んで断片的に知った事も幾つかある、というくらいで、戦中戦後をまともに考えたこともない。だから、城山三郎さんの気持ちなど、解る訳がない。

でも、この記事には、小さなコラムだけど、心揺さぶられるものを感じた。作家・城山三郎さんが亡くなられて、半月後かくらいに、さる週刊誌で生前に親交のあった、作家・渡辺淳一さんの追悼寄稿が載っていた。国内・海外への共に講演旅行などに行った折の思い出などが語られ、その、尊敬に値するような、一本筋の通った、気骨ある真面目さ、誠実さが窺える性格を称賛していた。今からだとかなり前の週刊誌の記事なので、文面の詳細は忘れたが、渡辺淳一さんも、描く小説分野は城山三郎さんとは掛け離れているだけに、城山氏の小説作品はあまり読んでいないし、また、渡辺氏は元々、経済分野そのものには興味を持たない人だったが、城山氏の人物には一目置き、敬服感のようなものを持ちながら文壇付き合いをしていたらしい。僕も、多分、城山三郎さんという作家は、立派な人格者だったんだろうなあ、と思う。数々の経済小説の名作を、残された素晴らしい知性。実は僕は、情けないことに、この半生、経済小説なるものを読んだことがない。今は、若い時分にこういう経済小説も、いっぱい読んでおくべきだったなあ、と悔やまれる。僕は若い時分は大企業の末端のサラリーマンだったし、辞めてからも何がしかの会社で働いて来ている。それなのに、本当に恥ずかしながら、経済には全くといっていいくらいに関心がなかった。だから経済の知識もないし、経済が解らなかった。かえりみるに恥ずかしくも情けないものである。本当に、ずっと、社会の現実に起きている事象や社会の仕組みに、興味も関心もないままで、来たなあ、長年。政治にも、興味や関心がなかった。それは勿論、タレント候補が乱立する参院選の速報には、ミーハーで飛びついてましたけどね。選挙も、全く行かない人でもなかったけど‥。

僕が読書を始めたのは、16歳からなんですが、16歳から18歳までの間は、かなりの作品数の松本清張ミステリを読みました。16歳までの僕はほとんど読まない、といっていいくらいに活字が駄目でした。漫画は、子供時代、おそろしいくらいの漫画浸けでしたけど。思い返すと、現実社会を裏表、リアルに描いた小説作品は、この僕のハイティーン時代の短い間の、松本清張作品の社会派推理ミステリだけ、といっていいくらいですね。推理小説好きの僕は、後に、本格推理小説の方へ行ってしまいますからね。まあ、時代的に、新本格ムーブメントが来てしまったから、それに乗っかって本、読んでたから、な訳なんですけど。今、思い返すに、若い時分から、本当に、経済小説、政治小説、歴史小説を読んで来れば良かったなあ、と反省します。まあ、僕は元々、小さい頃から目が弱くて、小学生の年齢で、目を使うと、すぐに眼精疲労で肩凝りを起こし、小学生時分からアリナミンA25を常用し、マッサージのあんまさんに肩揉んで貰ってた程、ですから。それでも、目が悪いなりに、16歳からこっちは暇を見つけては、小説やエッセイを読んで来てました。それがここ3年くらい前からは目が本当に弱くなって、活字を読まなくなりました。ここ3年くらい読みませんねえ、小説。ミステリ大好き、でしたけど、最近は本当に読んでません。よくないんですけど。一番最近読み終えたのが、逢坂剛氏の「牙をむく都会」上下巻。これも本当に長い間、掛かりました。後は、直木賞受賞作ベストセラー「容疑者Xの献身」。その前が真保裕一氏のハードボイルド「ボーダーライン」。この「ボーダーライン」は一冊、読了するまでに、一年間は掛かっているんじゃないか、というくらいです。小野不由美さんの伝奇ホラー「屍鬼」全5巻は、重厚なホラーで面白くて、かなりな時間が掛かりながらも全5巻読み上げました。最近読んだ小説って、それくらいかなあ。本当に本、読まなくなってます。
寄る年波がさらに追い討ち掛けて、もっと目が悪くなり、ここしばらくあまり本を読めず、それでも昨年後半はせめて週刊誌の記事なりとは読んでいたのですが、今年に入りそれさえもあまり読まなくなったので、眼鏡を新調しましたが、眼鏡を合わせても、読書の視力は期待する程には効果を得ず、昨年よりもましになったけど、やはり読書の持続力は着きませんねえ。目が疲れる。僕は、小学校低学年時の通信簿を見ると、並ぶひどい学業不振の有様の数字の横で、視力検査の結果は良くて、左右1.2くらいの視力で、目が良いのです。しかしこれが、小学校4年生くらいになって来ると、もう既に左右0.1とひどく悪くなっている。これは、毎日毎日、家の中なら何処ででも、鉛筆殴り書き漫画を描いていたからです。僕は小学校時代、ほとんど宿題をして行かなかった、と自慢出来るくらいに、勉強をしていませんでしたが、家庭で机に着く時間は長かったのです。毎日欠かさず長時間、鉛筆書き漫画を描いていたから。それで視力も極端に落ち、毎日アリナミンA25を常用し、あんまマッサージに掛かっていた。とにかく僕は目が弱くて眼精疲労になりやすい。僕がプロの漫画家というものを、今一つ真剣に目指せなかったのは、この目の弱さが心配で不安だったからです。漫画家が、如何に過酷な職業かは聞き知っていたので。会社を辞めて、プロの漫画家のアシスタントになろうかと、思い悩んだときも、この目の弱さがネックになり、とうとう果たし得ませんでした。漫画描きはともかく、今でも、本は読まないといけないなあ、と思っています。そういえば、この拙blog「Kenの漫画読み日記。」の、06年8-11の記事、タイトル「ZETMAN」のところで、この頃、調度「容疑者Xの献身」を読み上げたばかりで、この、ミステリの佳作に少しばかり触れて「この小説の読後感想などは、また次の機会においおい書こうかと思います‥」などと書き込んでいますが、それから結局、小説の読書感想などは、一編も書いてはいません。

さて漫画です。このblogの主たるテーマは漫画作品です。ホントはね、逢坂剛さんの傑作長編「牙をむく都会」の読書感想なぞを書こうかとも思ったんですが、「容疑者Xの献身」の読書感想ともども、止めた。やはり、これは「Kenの漫画読み日記。」なのですから、漫画の話で‥。本当のコトいうと面倒くさくなっちゃったんですけど。怠惰で済みません。「牙をむく都会」は、逢坂剛さんのシリーズものの一作で、中年探偵、岡坂神策を主人公とした業界・ミステリ・サスペンスものの連作が、長編・短編、いくつも作品があるんですけど、そのシリーズで長編では、多分、一番新しい作品になるものです。僕は、この岡坂神策という何でも屋のインテリ独身中年が大好きで、逢坂剛さんのこのシリーズは、ほとんど読んで来ています。ああ、小説の読書感想は書かない、といいながら何か書いて来ちゃってるなあ‥。サワリだけ。「牙をむく都会」には、最初のものものしい大袈裟な始まり方にしては、終わり方が物足りない感は否めないですね。何か、終わりは、肩透かしを喰らったような。でもまあ、僕は岡坂神策というキャラが好きだから面白く読めたけど。ひねくれ中年の毒舌で、けっこう骨のある痩せ我慢ハードボイルド、でありながらインテリで洒落た都会派。良いです、このオッちゃん。逢坂剛さんの書かれる作品も、社会派といえば、社会派な作風と呼べるのかも知れないですね。


駄目だ、漫画のコトを書くんだった。う~ん、漫画だとね、上記の長い長い文の中で、6月に亡くなられた谷幹一さんのことを書いているが、谷幹一さんが浅草演芸界から、TVの世界に入って間もない頃の話で、日本のTVドラマ界ではおそらくは、史上初めてのスーパーヒーローとなる「月光仮面」の劇中で、主人公の探偵の引き立たせ役で、笑いを呼ぶ間抜けな脇役、探偵助手・五郎八を演じたのが、名優・谷幹一さんであった、ということから、今回のテーマの漫画作品は、おっそろしく古い漫画作品になるけれども、「月光仮面」です。日本TV界黎明期のヒーロードラマ、「月光仮面」が放送されていたのが、1958年から59年の1年少しの間で、TVドラマのものすごい人気を反映して、劇場映画作品もいくつも作られましたが、それら作品は1958年と59年の公開です。今回のカテゴリ分けは、「60年代漫画作品」ですが、漫画版「月光仮面」はTVドラマ原作のコミカライズとして、桑田次郎さんが作画して、当時の講談社の児童雑誌「少年クラブ」に、1958年、59年と大人気連載されています。しかし、人気の高い漫画版の方は、1961年まで連載が続いています。漫画連載の後半部は、桑田次郎さんの弟子になる、楠高治さんの描画になっているらしいです。その後、雑誌「少年クラブ」そのものが、1962年に休刊(事実上の廃刊)になっています。

僕は、TVドラマの方の「月光仮面」は、幼少時、再放送で見ていますが、僕が漫画を読むようになった時には、もう少年クラブそのものがなくなっていたし、本屋さんにも「月光仮面」の単行本は既に置いてなかったし、だから僕は、漫画の「月光仮面」をリアルタイムで読んでいません。70年代後半になってから、出版界で漫画の文庫化が盛んになり、講談社漫画文庫に、「月光仮面」が入ってから、やっと僕は桑田次郎先生のオリジナルの「月光仮面」を読みました。だいたい講談社漫画文庫は当初、懐漫コレクションとしての意味合いで、刊行されていましたねえ。「月光仮面」は、多分、コミックスにもなっていると思う。調べていないんですけど、復刻版も出たことでしょう。「月光仮面」は、1972年にTVアニメ化されて、全39話、放送されていますが、この時、少年画報社の「週刊少年キング」に、みね武さんの作画で連載されています。僕が、初めて「月光仮面」の漫画を読んだのは、これ、ですね。いや、幼少時、親戚の家の階段の下に積み上げられた古新聞古雑誌の中に、「月光仮面」の単行本を発見したことがありますが、この時は読んではいないですね。この当時の単行本は貸本タイプの作りで、この時代にコミックスはまだ出ていません。勿論、72年のアニメ「月光仮面」は見てましたが、前半部分くらいかな。この時のアニメは、50年代末の実写とはかなり設定等が異なります。もっとSF的になってました。幼少時に見た実写の再放送は、僕はほとんど記憶してません。怪獣マンモスコングの頭に乗っかって二丁拳銃を頭に撃ち込んでいたシーンのみ、何故か記憶があります。50年代末の劇場映画は一編も見てないです。1981年にリメイクされて映画化された「月光仮面」は見ています。志穂美悦子さんと原田大二郎さんが出演していました。ヒーロー月光仮面の設定も、この80年代の時代にマッチさせて、アレンジされてました。

古き良き勧善懲悪の名作、「月光仮面」のヒーローの理念は、「憎むな、殺すな、許しましょう」でした。作者である川内康範先生は、最近の森進一との「おふくろさん」騒動でこそ、アタマの硬い頑固な高齢爺さん、というイメージで見られたかもしれませんが、戦後の日本エンタティンメント界での功績では、その才気を多方面で発揮して活躍し、一本筋の通った、気骨溢れる正義感を持ち、情愛に優しい硬骨漢で、とてもしっかりした方でした。僕は、昔、漫画家・赤塚不二夫氏の対談本、「天才バカ本」(どーも、よく考えると、『天才バカ本』の中じゃなくて、『バカは死んでもバカなのだ』の方の、内容のライブ対談、だったみたい‥)の中で、立川談志さんと川内康範さんと3人でライブ対談をやられていましたが、それを読んで、川内康範さんの男っぽさの中にも優しさを持ち、くだけた感じが良くて、そのキャラに好感を抱いたものです。よくは解らないので、勝手な想像でものをいっちゃあ、ホントはいけないんですけど、僕には、森進一さんは何かこう、功利的な人に見えてしまう。森進一さんて計算高い人に見えてしまうなあ。ジャガイモの会の運動にしたって(今、やってるのかどうか知りませんが)、そこにはビジネスライクなイメージ戦略があるように見えてしまう。でも、はっきりしたことは解りませんけどね。僕は森進一ファンでもないし、プライベートは全然知らない、赤の他人ですから。僕は、「港町ブルース」と「盛り場ブルース」と「襟裳岬」が好きです。3つとも、川内康範さんの作詞じゃありませんけど。87歳、川内康範先生、長生きして欲しいですね。
※(最初カテゴリ分け『60年代漫画作品』にしていたんですけど、漫画作品のメイン作者・桑田次郎氏が少年クラブ誌上で執筆していたのが50年代末になるし、TVドラマの大ヒット時期も50年代末なので、カテゴリ分けは『50年代漫画作品』に訂正しました。50年代漫画作品:月光仮面。)




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