広川太一郎さん




『 映画「007」シリーズの英俳優、ロジャー・ムーアの吹き替えなどで知られる声優、広川太一郎(ひろかわ・たいちろう=本名・しんじろう)さんが今月3日に、がんのため東京都渋谷区の病院で死去していたことが8日、分かった。68歳だった。葬儀は近親者らで済ませた。・・・
テレビの司会やラジオDJとしても活躍し、50年代にはラジオ関東「男たちの夜かな」は私財をなげうち、自らスポンサーになって放送を続けた。ここ十数年はナレーターの仕事が中心だったが、最近体調を崩していた。 』・・・

広川太一郎さんというと、欧米映画の吹き替えの声優として、とても有名な人だが、僕は映画館でもDVD・ビデオでも原語で聞いて、字幕を読んで見るし、TV放映の映画でも吹き替え声優が誰かなどは全く気にしないので、申し訳ないんだけど、あまり印象が無い。
広川太一郎さんと聞くと、真っ先に思い出すのは、ラジオのDJとして、ラジオ番組のCMで、FMレコパルの宣伝喋りで、ヒゲナマズと会話していた声だ。男性のちょっと低めのよく通る澄んだ声で、軽快に喋り、解説し、DJして行く。懐かしい。
若い頃、僕はTVを持たず、毎日、ラジオのFM放送ばかり聴いて過ごしていた。親切な友人が、小さめのプラスチック外張りのポータブルTVをくれたが、僕はほとんど見ることはなく、洋盤レコードばかり聴くか、FMラジオを友としていた。広川太一郎さんのDJは、昼間の番組で記憶に残っている。
当時は、ラジオのFM放送に追随した雑誌が何誌か出ていて、小学館のFMレコパルはよく売れていた。時代は、いわゆるラジカセが出始めた70年代後半から末頃。まだ新製品でもある、ソニーの箱型のラジカセがバカ売れしていた。当時の人々は、エアチェックといって、FM放送の雑音の入らぬ音楽を、ラジカセでカセットテープにうまく録音していた。だから、FM放送の番組表と流される曲目の載った、FMレコパルのような雑誌は、当時はよく売れていた。80年代に入る手前、若者たちは、まだまだ少し貧しい感じだったんですねえ。
当時、6畳一間で水洗トイレ付き、申し訳程度の台所が付いて、すぐ近くに銭湯のあるアパートの一室で、暇な時は、朝も昼も夜中もFMラジオを聴きながら、昼間の放送でよく、広川太一郎さんの透き通る低い声を耳に入れていた。あれ、思い出したぞ。あの、レコパルCMの広川さんがヒゲナマズに話し掛ける番組は、日曜午後ではなかったか。
広川太一郎さんの写真は多分、雑誌か何かで氏の30代40代頃の写真を拝見していて、なかなかハンサムだったという記憶があるが、どんな顔だったかまるで憶えていない。やはり声の人だったなあ。
007ジェームズボンド三代目、ロジャー・ムーアの声をやってたんですねえ。ロバート・レッドフォードもやっていたらしい。番組ナレーターなどの仕事もしていたとか。多分、後年、僕がTVをよく見るようになってからも、TVの映画劇場などで、その声をよく耳にして来てるのでしょう。
68歳はあまりにも早過ぎる死ですが、どうぞ天国でごゆっくりとおやすみください。僕の、若き時代の頃の、ほっと安堵するひとときの楽しみを、どうもありがとうございました。TVで寝転がって見る洋画の楽しさもありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。




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